「はぁ…っ」
店外に出て、キョロキョロと周りを見渡してみる。
ついさっきだって言っていたんだから、きっとまだ近くにいると思うんだけど…
乱れた服装なんて気にも止めず、ぐるりと周りに視線をあてた。
(……、あっ、)
そして、見つける。
「春っ!」
ちょうど駅の方に向かおうとしていたこの人を。
見つけたのは後ろ姿だけだというのに、私の身体はこの人だと言わんばかりに駆け寄っていく。
そして無造作に動いていた左腕を掴めば
「───え、凛?」
彼は丸メガネの奥にある瞳を丸くさせた。
ほんと、怖いな、もう。
後ろ姿だけで春だと分かってしまうなんて。
少し息が上がって「はあ…」と呼吸する私に対し、春は深く被っていた帽子をクイッと上げた。
「……なんで、お店に来たの」
「ん? あ、そうそう。」
何かを思い出したのか、
春はズボンのポケットに手を突っ込むと
「凛、これ、忘れてたから。」
私の手のひらに見覚えのある鍵を1つ乗せられる。
その鍵は、とても高そうな、鍵。
「近くで撮影があってさ。一旦家に帰ったんだけど、ちょうどこれを見つけて届けに来た。」
「あっ……ごめん、わざわざありがとう」
「んーん、全然。
渡せて良かったよ。
これがないと俺の元に帰ってこれないし」
耳元で囁かれたそれに思わず背筋がゾクリとした。
表情は見えないにも関わらず、なのに、
ただその瞳だけで私の心を誘導する。
ふわり。嬉しそうに微笑んでいるであろう春に頭を撫でられると、なんでこうも幸せな気持ちになるのか。
身体がふわふわと軽くなって
頭に感じる優しいぬくもりが心地よくて
それはずっとずっと感じていたくなるほどで。
「なあ、凛」
名前を呼ばれることすら幸福であり
「俺以外の男の匂い、ついてるね?」
独占欲でさえも愛おしいと思えてしまう。
微かに私から香るタバコの匂いが
この一瞬で気分の悪いものへと変わり、
「俺、その匂い、嫌い。」
春の言葉に、もっと気分が悪くなっていく。
ああ、嫌だ。私もこの匂いが嫌いだ。
他の誰かの匂いなんて
春以外の匂いなんて
私も嫌で嫌で仕方がないんだ。
だから……
「……今日は、早く帰る…」
早く、あなたの香りに包まれたい。
そう思ってしまった。



