「……………」
昼休憩だというのに食べる気力はなく、悶々と思い悩んでいた。
好きな人、ずっとそばにいたいと願っていた人と結婚した。やっと私達の関係に名前がついた。
それだけでも喜ばしいことであって、
ずっと進みたかった先に一歩踏み出せたのに
一度叶ってしまえばそれ以上の欲がふつふつと溢れ、心をかき乱し、私を支配する。
もうどこにも行かないでほしい。
その瞳には私だけを映してほしいって。
仕事であろうと関係ない。
触れるのは、もう、私だけにしてよ。
休憩時間もあと5分で終わり。
1時間の休憩も考えるだけで終わりを迎えそうで、なんだか頭が痛くなりつつある。
「うわっ、暗っ!」
そんな私がいるこの部屋に今から休憩らしい慎二くんがやってきた。
どうやら私からズーンと重たいオーラが出ていたらしく、慎二くんは唐突にもそんな言葉を漏らしていた。
「どうしたんすか、悩みっすか~?」
「……別に」
慎二くんが来たってことは、そろそろ仕事に戻る時間だということ。
ああ、なんか………働きたくないな。
なんだか身体重いし。
そんな気持ちがありながらも、机に突っ伏していた身体をゆっくりと起き上がらせる。
(悩みだけで仕事を疎かにするなんて…絶対ダメ。)
ふぅ…と深く溜め息をつけば、身体は更に重たくなった気がした。
「今、外忙しい?」
「そんなにっすよ!いつも通りって感じっす」
エプロンを付け始める私とは違い、慎二くんはエプロンを脱いで平然とタバコを吸い始める。
ご飯よりも先にタバコを吸うなんて、相当タバコに依存しているのだろう。
「あっ。そうそう、」
口から吐き出された煙がこの部屋に広がっていくのと同時に、慎二くんは吸っていたタバコを灰皿に押し付けた。
「安藤さん、ストーカーされてないっすか?」
「ストーカー…?」
「そーそー。ストーカーっす」
……はて。
「身に覚えないけど……なんで?」
「じゃあ知り合いっすかね~」と呟く慎二くんは2本目のタバコに火をつけて───
「さっき、安藤さんのこと聞かれたんすよ。「凛、いる?」って。帽子とメガネとそれからマスクも付けていたんで顔はよく分からなかったんすけど……『凛』って安藤さんのことっすよね?」
ドクンッ
その言葉を聞いた途端、心臓が異常な程に高鳴った。
帽子にメガネ、それからマスク。
そんな怪しさMAXな姿と
私を『凛』と呼ぶ人は
私が知る中でアイツしかいない。
「さっきって…いつ?」
「ほんとついさっきっすよ。俺が休憩入る前っす。ストーカーだったらどうしようと思って、いないっすよーって嘘ついちゃったんすけど……って、あれ?」
慎二くんの話を最後まで聞く前に、まだきちんと着れていないエプロンを首からさげたまま慌ただしく店外に出て行く私。
そんな私の後ろ姿を2本目のタバコを吸いながら見つめていたらしい慎二くんは
「……あの声、どっかで聞いたことあるんだよなぁー…」
と、物思いにふけていた。



