【続】酔いしれる情緒


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「安藤さーん。休憩行っていいよ~」



店主の声に「はーい」と返事をして、言われた通り裏部屋へと向かう。


そして着ていたエプロンを外してからいつもの席に座り、



「平和だ…」



想像していたよりも遥かに平和な時間が過ぎていた。



昨日あんなことがあったというのに、店主はともかく、慎二くんまでもが変わらずの態度。


慎二くんは私の薬指の指輪を見て「いつの間に!?」と騒ぐ程度で、どうやら昨日の一連の流れは知らないみたいだった。


ただ、「一ノ瀬櫂らしき人がここに来てた!」とか「腹痛大丈夫っすか?」とかは聞いてきたけど。


腹痛?なんのこと?


はじめ何を言っているのか分からなかったが、昨日私が急にいなくなったことを店主が慎二くんに「腹痛で帰った」と偽の説明をしてくれたらしい。


慎二くんにバレると中々厄介なことになるということを店主も分かってるような感じだった。



そんな店主に関しては目が合えばニコニコと微笑み、結婚情報誌を片手にチラチラと見てくるくらい。


慎二くんに比べて店主は一連の流れをほぼ知ってるはずなのに、そうであっても一切触れてこようとしない。


連れ出され、仕事をほったらかしにして、尚且つ見ず知らずの人を私の代わりにしたというのに。



(もしかすると、触れてはいけないことだと思われてる?)



根掘り葉掘り聞かれるのも面倒だし、それはそれで好都合だけど……



「はぁー…」



誰もいない空間で盛大にため息をつき、ズルズルと崩れるように机に突っ伏した。



昨日久々に再会した春。


見た目は変わらず、悔しいほどに整っていて
強引さも依存具合も変わらずだった。

まあ、たった1年で人格が変わるとは思えないけど。


そしてあの瞳が色気のあるものへと変われば、私はいつも流されてしまう。


触れたくなって

ぬくもりを感じたくなって

春のことしか考えられなくなって。


春が醸し出す雰囲気にはどうも抗えなく、流されてしまう。



今日の朝だってそうだ。


もっと、って。

時間が無いと分かっていても、それ以上を求めてしまう。


そばにいればいるほど

春に対する欲は溢れるばかりで。


お互い他に優先すべきことがなければこうやって悩むこともなくなるのかと。


春が私と同じ一般の人になれば、私以外の人と触れ合うこともなくなり、本当に私だけのものになるのだと。



結婚して早々、私の欲は最低で最悪なことを求め始める。