「ねえ、こっち向いてよ」
「……………」
「もう過ぎちゃいそうなんだけど」
「……………」
「頑なだなぁ」
私達の乗る観覧車はあと少しすれば頂上だ。
思っていた通り見える景色は眩しいほどに綺麗で。
私の中にあるこのモヤモヤもまっさらにしてくれそうな、そんな景色。
………なのに。
「そういえば俺、撮影でしたことあるよ。頂上でキス。」
「………………」
「それ以降観覧車乗ってないし、頂上でしたキスはそれが最後なんだよね〜」
モヤモヤが
まっさらになりかけていたのに。
「する?」
「……その言い方ずるい」
軽く振り向けば、スグそこにはマスクも何も付けていない春の顔があって。
いつの間に外したんだろ、と。考えているうちに私達を乗せた観覧車は今ちょうど頂上についたところ。
実際、春の言ってることは嘘かもしれないし、また演技かもしれない。
だけど、黒くモヤのかかった私の心はたったそれだけで揺らぐ。
彼の中にあるその記憶を
感覚を
今ここで塗り替えるように。
────私達は少し長めのキスをした。



