春はそのまま私を抱きすくめながら通話相手に断りの返事をしていた。
「今、忙しいんだよね。」っと。
電話を切ると同時に春はどこか急ぐようにして私の唇にキスを落とした。
肩にあった手が後頭部へとまわり、携帯を持っていた手は今じゃ腰にある。
春とのキスは嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど、
(苦しいっ…)
息が出来なくなるくらいのキスだけは、何度体験していたとしても苦手だ。
荒いわけではない。とても丁寧ではある。
ただ、息をする暇がないだけで。
「んんッ…」
なんだか水中にいるかのように、力がなくともふわふわと身体が浮いているような感覚に溺れていく。
気がついた時には私の身体は壁に追いやられていた。
軽めのキスから徐々に深まっていくキスは
甘く長く続けられて
「俺は、どこにも行かないよ」
「嘘だ。」そう言う前に、私の口はまた塞がれる。
「ずっと凛のそばにいる」
本当に?約束できる?
「……春、」
虚ろな意識の中、彼の名前を呼んだ。
部屋には私と春とロボット掃除機だけ。
微かに聞こえる機械音が、静かなこの空間では正確に私の耳へと入り込む。
ねえ、春。
私のことが狂うほど好きなら
今まで積み上げてきた努力も地位も
応援してくれる人達も
繋がりだって何もかも捨てて
「同じ世界で生きてよっ……」
叶えてはイケナイ願いを口にする。
そう、叶えてはイケナイのだ。
彼のことを考えるなら、絶対に叶えてはならない願い。
ちゃんと分かってる。
分かってるんだって。
この願いは、私の心の中で留めておくべき内容だってことくらい。
(ちゃんと、分かって、る…)
言ってしまったことに後悔する暇もなく、
水の中へ深く深く沈んでいくような感覚を感じながら
プツン
私の意識は黒く染まっていった。



