「今から?」
悶々と深く考え始めている私に対して、春は落ち着いた声でそう聞き返した。
『うん!紬もいるよ~』
「っ……」
紬って、桜田紬…だよね。
ドクンッ、と心臓が嫌な音をたてた。
演技であっても、春がキスをした相手。
………あぁ、すごく、嫌だ。
キュッと春の服を掴んでみる。
すると春の視線が私に向いた。
ジッと無表情で私を見下ろしては妖しく微笑む、彼。
「どうしよっかなー」
「っ、!」
唇を親指でフニフニと刺激され、私の反応を確かめるみたいに瞳を覗き込みながらその返事をした。
(コイツ…)
私の気持ちに気づいていながらも、迷っているようなことを言う。
ほら、早く止めないと。
じゃないと行っちゃうよ?
そう言いたげな目をして、口角を上げて。
私が感情表現をストレートに言えないことを知ってるくせに。
「……行か…ないで…」
知っているからこそ、こうやって言わせようとするんだ。
とても小さな声でだけど、この静かな空間ではしっかりと春の耳に届いていたらしく
嬉しそうにニッと笑った彼は
私の耳元に口を寄せて
「────うん。行かない」
そう囁いた。



