「……すみません、挨拶遅れてしまって。隣に引っ越してきた、井上 千輝です」
礼儀正しく挨拶をするその人に、懐かしさしか感じなくて。
同時に改めて名前なんか言うから、私のことには気づいていないのかと、少しだけ悲しくもなって。覚えてもいないのか。
今、貴方を____何も変わっていない千輝くんを目の前に、懐かしさを感じているのは私だけなのだろうか。
色んな感情は置いておいて、それでもとにかく、千輝くんは特別だった。私の特別、"だった"。もう、過去形でしかないけれど。
千輝くんの挨拶にも何も返せない私に、軽く会釈だけして階段を降りていってしまう。
一言でいい、一言でいいから何か言いたかったけど、私は何も言葉にできなかった。声が、出なかったの。
「……大丈夫?遥乃」
田邊が後ろから優しく声をかけてくれて、やっと私は我に返ったよう。
慌てて頭をフル回転させて、田邊になんて言おうか考える。……このなんとも言えない気持ちを、どう処理しようか考える。



