いよいよ木枯らしが吹きすさんでますます寒い季節となって来た。あかねがいつも通り光輝と登校してくると、バシャッ! と、突然園芸委員が使うバケツに入れた水を掛けられた。
ぽたぽた落ちる少し土気のにおいのする水。暦は十一月下旬に差し掛かっており、流石にこの気候で水浴びは勘弁願いたい。

……などとあかねが思っていると。

「おい、なにしてんだ、お前!」

光輝がバケツを持った女子の腕を捻りあげていた。流石にあかねも慌てる。

「ちょちょちょちょ! 光輝、落ち着いて! 相手は女子! 女の子だよ! 光輝の力で捻りあげたら、怪我しちゃうよ!」
「お前そんなこと言って……」

おそらく、るんだ、と続くはずだった光輝の言葉に、女子のキレまくった甲高い声が響く。

「ふん! 善人ぶったって、あんたの根性悪い所なんて、みんな知ってるんだからねっ! 暁くんと小林くん、二人をたぶらかして手玉に取って、さぞかし気分がいいでしょうね! あんたのそういうところ、サイッテー! 女の風上にも置けないわ! あんたなんて泥水被ってればいいのよ!」

これはもしや、玲人の刷り込みひよこの件と光輝の昨日の告白の恨みによる凶行? 光輝の告白は兎も角、玲人は今や桃花とまとまりつつあるんだから、あかねは関係なくない?

とはいえ、過去に鶏ひよこだったことは事実なので、彼女の怒号は甘んじて受ける。

「私が二人をたぶらかしたつもりはないけど、そう見えてたのなら、ごめんなさい。でも、玲人くんのことは恋愛的にまるっきりノータッチだし、光輝のことは今は幼馴染みとしてしか見れないから、あなたが心配しなくても、時間が解決すると思うわ」

ペコっと彼女に頭を下げると、彼女は悔しそうに顔をゆがめた。

「そうやって善人ぶって頭下げるところが、なお気に入らない! 言っとくけど謝んないからね! みんなが思ってることを、私が代弁しただけなんだから!」

彼女はそう叫ぶと、校舎の方へ行ってしまった。流石に彼女の叫びが聞こえたのか、登校したばかりの玲人も慌ててこちらにやって来た。

「あかねちゃん、大丈夫?」

鞄から出したタオルで頭を拭ってくれる玲人にありがとうと言うと、光輝があかねの手を引っ張った。

「兎に角、濡れた制服ジャージに着替えろ。風邪ひくぞ」
「うん。あ、玲人くん、気にしないでね。ここまでのことは流石になかったけど、今までの経験で慣れてるから」

ひらひらと玲人に手を振り、特別教室へと急ぐ。少し茶色い水滴を落としながら特別棟の一番手前、地学室に入るとカーテンを閉め、鞄に入れていたジャージを取り出す。
ブレザーとカーディガンを脱ぐと、ブラウスは少し湿ってしまったが、土の汚れは付いていなかった。ホッとしてブラウスを脱いでジャージを手に取ろうとしたところで、コンとノックがあった後ガラッと扉が開いた。

「あかねちゃん、カーディガン濡れちゃってない? 僕ので良かったら着て……」
「あっ、てめ、なにしやがんだ。カーディガンなら俺の……」

…………。

多分、この時期の防寒具であるカーディガンが濡れたことを気にしてくれたのだろう。代わりとして差し出された二人のカーディガンに罪はない。
罪はないけど。

「わ―――――――――――!!!!!!」

ドアのすき間から姿を見せた玲人と光輝を前に、流石に女子として叫び声が出た。

「う、わっ、ご、ごめん!! 悪気はないよ!!」
「みっ、右に同じ!」

二人分のカーディガンを残してパシン! と閉められた扉がむなしい。そりゃ、悪気がないのなんて百も承知だけど!!!!

(ってか、絶対見られたよね!? 私の貧相な体!! 先期の若手ドラマ女優ランキングトップ3との魅惑的なグラビアを撮ってた玲人くんに!!!!!)

死ぬ思いとはこういう事か!!! 玲人が隣の席に来た時とは違った世界の終わり感!!!

「っていうか、あかねちゃん着替えるの速すぎでしょ!! 頭とか拭いた!?」
「熱でも出したら、俺も今回の件おばさんに説明するの、困るぞ!」

扉の向こうの廊下で二人が叫んでる。そうか、ジャージが妙にしっとりしてるのは髪の毛を伝うこの水滴の所為か。流石に風邪を引くのは避けたい。

「い、いやごめん。私も慣れてるとか言っておいて、結構動揺してたみたい。まだ拭いてない、拭く……」
「そうしてよ! 風邪ひいちゃうよ! あと、僕行くけど、あったかいコーヒー買ってきたから、飲むなり湯たんぽにするなりして」
「俺も消えるから!」

廊下をバタバタと走る音が遠ざかる。

ああもう、恥ずかしい。さっさと着替えよう。二人が置いて行ったカーディガンのうち、やはり玲人のものを選んでしまうのは信仰心からなのだろうか。
ありがたみがありそうであかねはそれをありがたく借りることにして、暖房の点いていないひんやりとした地学室でカーディガンを内側に着込んだジャージ姿になると、ポケットにコーヒー缶を突っ込んで教室へ入室した。

自席にカタンと鞄を置けば、ぎこちない素振りの玲人に恥ずかしさが募る。光輝もあかねから見て斜め前の方からチラチラとこちらを窺ってる。うああああ、今日一日、いやこれからどうやってクラスで過ごしていけばいいんだ!!

などと思っている間に、本冷が鳴って、ホームルームが始まった。