花水木

 のんびりしたような気まずいような沈黙を味わっていると、ふいに首筋に冷たいものが触れた。びくっと体が跳ねて首をすくめる。

 振り返ると、なんともいえない表情の葉月が立っていた。

 「なにそれ、どういう顔なの」

 葉月が腹立つ顔で微笑む。

 「これはこれは先生、仕事がはかどっていないようですな」

 「黙れ」

 「今日はずいぶんと気分がいいようで」

 だめだ、むかつく。わたしの頭はやっぱり、五感で触れたものを好きか嫌いか仕分けることでいっぱいいっぱいだ。花車葉月、この男がどんなふうに生きてきたか、どんなふうに生きているか、そういうところまで意識を向けられない。

 「炭酸水でよろしいですかな」と差しだされたペットボトルを睨む。

 「なんのつもりよ」

 「気にするな、俺の兄貴に触れて物理的に痛い目をみる前にこれをやるから失せろなんて、そんな深い意味はこめちゃいない」

 「そうであってもなくても、わたしはそれを受けとらない」

 「俺、炭酸苦手なんだけど」

 「しばらくすれば普通の水になるわ」

 「いいから受けとっとけ」

 「炭酸水を差し入れなんて、ずいぶん冒険したわね?」

 葉月はわたしを興奮させる方法を熟知しているようで、ちょうどわたしが腹立たしく感じる調子で鼻を鳴らした。

 「手前が学校で飲み散らかしているのを見たことがある」

 わたしは露骨に顔をしかめる。「つきまとい?」

 葉月は「はっ」と短く笑った。「大ばかのこんこんちきが。そうするだけの価値を持ってからほざけ」

 「あんたみたいな奇っ怪なやつじゃあ、あり得なくもないかなと心配したのよ」

 「そりゃあ先生、無駄なことに神経を使いましたな」

 なんて腹の立つやつだろう。今日は特にひどい気がする。きょうだいがそばにいるからと調子にのっているのかもしれない。

 「その先生(、、)ってのやめて。不快だから」

 葉月は「水月には焙じ茶を」とペットボトルを差しだした。水月はまぶたを開きながらも、どこか探るように手を動かし、ちょっと時間をかけてそれを受けとった。

 「置いとくよ、先生」といやに優しい、肌の上を触れるか触れないかくらいの具合で撫でるような低い声でいい、葉月は袋の中から一本、ペットボトルを引き抜いてそばを離れた。

 「大丈夫?」と振り向く水月に、葉月はどこかへ向かいながら「花見だ、花見」と答える。「珍しい綺麗な花が咲いておった」と。