「久々に食べたいな、卯の花巾着」
「卯の花なんて洒落た名前してるけど、あれ、おからだろ? 豆乳作るのに、お豆さん絞って残ったやつ」
「うまいんだって、それが」
「美意識のかたまりみたいないとこが、『おなかがすっきりするのよ〜』つって、おからでちょっとしたケーキみたいなの作ってた。細っこい体型を保つのが仕事なんでもあるまいし、もうちょっと肉つけた方が綺麗だと思うんだけど」
「そういってあげればよかったのに。ぽっ、て顔赤くしただろうに」
「確かに顔は赤くなってたよ」と千葉は苦く笑った。「『あんたにはわかんないわよ』てさ」
「きーっついな」と今度は俺が苦笑した。
「まあそれから、『今日はいいの〜』つって甘いものとか食うの増えたけど」
「ええなにそれ」といいながら、たまらず笑ってしまう。「すっごいかわいいじゃん」
「痩せなきゃ痩せなきゃ騒いでた細っこいばか女も、あの軽い体をさらに軽くしようと努力するのは、手から特殊な力をだすのと同じようなもんだとわかったらしい」
テレビから聞こえたことのある気持ちが想像され、ふと心配になる。
「今は元気? そのいとこ」
「ゴールデンウィークの終わり頃に、なんか急に会いにきたかと思えば『男子って女子から告白されるのってどう思うわけ?』とか訊いてきたから、まあ元気だと思うよ」
「ふうん」それはなによりだ。「かわいらしい人だね。千葉はなんて答えたの?」
「お前みたいなのに告られて嫌なやつはいないんじゃねえのって」
「フウー」と声を高くすると、千葉は「黙れ」と低い声を返してきた。
それから、千葉は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
俺はそれを無視して湯呑みを口元へやった。
「話聞いてれば相手は卓球やってるくさいぞ。弟じゃねえの?」という千葉の望み通り、俺は飲みこもうとした茶を変な方へ飲み下してむせた。
「葉月くん、あっちいったとこの総合っしょ? いとこもその総合高校いってんだよなあ」
「いや、ほかにも卓球部員はいるでしょ。やめろって」
「なに、葉月くんをとられるのが怖いわけ?」
「違う」
口では否定してみせるけれど、胸の奥は十分すぎるほど掻き乱された。
千葉のいとこが葉月を好きでも構わない。彼女の恋が実れば、それは素敵なことだ。俺はここで密かにお祝いの言葉をいう。もしも破れてしまったときには、俺は互いに顔も知らない女の子の失恋を、本人の知らないここで寂しく思う。
本来なら、それだけでいいはずだ。
けれども、今はちょっと状況が違う。俺の哀れな繊細な弟は傷つき、自責の念に囚われている。たとえ千葉のいとこの気持ちを嬉しく思っても、それを誰にも見えない深いところへ隠してしまうに違いない。
ふと、葉月に好きな人がいるのを思い出した。葉月に好きな人がいるというのは俺の推測だけれども、俺はまだ、葉月が中学生の頃から変わらずにその人を好きなのだと思っている。
「……千葉。お前、中学校はいとこと同じだったか?」
千葉は怪訝そうな顔をした。「なに、急に」
「いいから」
「小学校と中学校は同じだけど」
幼稚園から中学校まで葉月と同じところに通った俺は、いとこと小学校、中学校と同じだった千葉とは、高校にあがって初めて会った。
俺の思う通り、葉月が中学生の頃からずっと同じ人を好きだったなら、それは千葉のいとこであるはずがない。
——と、ひとつ答えがでたところで、俺の憂えることがなくなったわけではない。
葉月は自尊心の高さから、自分の気持ちに素直になれない節があったけれども、今はその葉月を素直にさせないものとして、自尊心のほかに俺の存在があるかもしれないのだ。
ふと、千葉が「え?」と声をだした。「俺がいとこと同じ中学だったらなんなの?」と。
「いいや、なんでもない」と返して、改めて冷静に茶を飲むと、千葉は「なんなんだよ」と笑った。
「卯の花なんて洒落た名前してるけど、あれ、おからだろ? 豆乳作るのに、お豆さん絞って残ったやつ」
「うまいんだって、それが」
「美意識のかたまりみたいないとこが、『おなかがすっきりするのよ〜』つって、おからでちょっとしたケーキみたいなの作ってた。細っこい体型を保つのが仕事なんでもあるまいし、もうちょっと肉つけた方が綺麗だと思うんだけど」
「そういってあげればよかったのに。ぽっ、て顔赤くしただろうに」
「確かに顔は赤くなってたよ」と千葉は苦く笑った。「『あんたにはわかんないわよ』てさ」
「きーっついな」と今度は俺が苦笑した。
「まあそれから、『今日はいいの〜』つって甘いものとか食うの増えたけど」
「ええなにそれ」といいながら、たまらず笑ってしまう。「すっごいかわいいじゃん」
「痩せなきゃ痩せなきゃ騒いでた細っこいばか女も、あの軽い体をさらに軽くしようと努力するのは、手から特殊な力をだすのと同じようなもんだとわかったらしい」
テレビから聞こえたことのある気持ちが想像され、ふと心配になる。
「今は元気? そのいとこ」
「ゴールデンウィークの終わり頃に、なんか急に会いにきたかと思えば『男子って女子から告白されるのってどう思うわけ?』とか訊いてきたから、まあ元気だと思うよ」
「ふうん」それはなによりだ。「かわいらしい人だね。千葉はなんて答えたの?」
「お前みたいなのに告られて嫌なやつはいないんじゃねえのって」
「フウー」と声を高くすると、千葉は「黙れ」と低い声を返してきた。
それから、千葉は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
俺はそれを無視して湯呑みを口元へやった。
「話聞いてれば相手は卓球やってるくさいぞ。弟じゃねえの?」という千葉の望み通り、俺は飲みこもうとした茶を変な方へ飲み下してむせた。
「葉月くん、あっちいったとこの総合っしょ? いとこもその総合高校いってんだよなあ」
「いや、ほかにも卓球部員はいるでしょ。やめろって」
「なに、葉月くんをとられるのが怖いわけ?」
「違う」
口では否定してみせるけれど、胸の奥は十分すぎるほど掻き乱された。
千葉のいとこが葉月を好きでも構わない。彼女の恋が実れば、それは素敵なことだ。俺はここで密かにお祝いの言葉をいう。もしも破れてしまったときには、俺は互いに顔も知らない女の子の失恋を、本人の知らないここで寂しく思う。
本来なら、それだけでいいはずだ。
けれども、今はちょっと状況が違う。俺の哀れな繊細な弟は傷つき、自責の念に囚われている。たとえ千葉のいとこの気持ちを嬉しく思っても、それを誰にも見えない深いところへ隠してしまうに違いない。
ふと、葉月に好きな人がいるのを思い出した。葉月に好きな人がいるというのは俺の推測だけれども、俺はまだ、葉月が中学生の頃から変わらずにその人を好きなのだと思っている。
「……千葉。お前、中学校はいとこと同じだったか?」
千葉は怪訝そうな顔をした。「なに、急に」
「いいから」
「小学校と中学校は同じだけど」
幼稚園から中学校まで葉月と同じところに通った俺は、いとこと小学校、中学校と同じだった千葉とは、高校にあがって初めて会った。
俺の思う通り、葉月が中学生の頃からずっと同じ人を好きだったなら、それは千葉のいとこであるはずがない。
——と、ひとつ答えがでたところで、俺の憂えることがなくなったわけではない。
葉月は自尊心の高さから、自分の気持ちに素直になれない節があったけれども、今はその葉月を素直にさせないものとして、自尊心のほかに俺の存在があるかもしれないのだ。
ふと、千葉が「え?」と声をだした。「俺がいとこと同じ中学だったらなんなの?」と。
「いいや、なんでもない」と返して、改めて冷静に茶を飲むと、千葉は「なんなんだよ」と笑った。



