花水木

 部屋に入った千葉に「なにか飲むか?」と尋ねると、「いや、いいよ」と彼は慌ただしく手を振った。

 「無理させるつもりじゃないんだ、ちょっと顔を見たかっただけで」

 「顔はこの通りだ」とふざけて、俺は軽く両腕を広げた。「血色はいいだろ」

 「思ったよりは」と千葉はあいまいに首を傾ける。

 「血色が悪く見えるんなら、それは寂しさのせいだ」

 決して嘘ではない。できることなら今までの通りに千葉たちと、くだらない愛おしい一日を過ごしたい。少しでも、早く。

 「付き合ってよ」とちょっと笑って、俺は部屋をでた。

 一階におりて台所に入ったところで、頭も体も動きを止めた。

 さて、どうしたものか。

 茶を淹れるにしても好みがあるだろうし、体調不良ということで学校を休んでいるのだから手のかかることはしないのがいいのかもしれない。

 ふと、地域の集まりでもらった炭酸飲料を冷蔵庫に入れていたのを思い出し、扉を開いてみれば確かに入っていた。缶には、よく千葉が飲んでいる炭酸飲料の名前とロゴが入っている。

 持っていって差し出すと、千葉は「悪い」といって受けとった。

 缶が開栓される軽やかな音のあと、しばらく沈黙が漂った。ほんのかすかに、炭酸飲料の甘いにおいもする。

 「……体の方は、どうだ?」

 俺はちょっと、胸が痛むような心地がして、苦笑した。「体は問題ないんだ」

 千葉は手元の缶から目線をあげた。

 「名前ばっかり立派で、どこにあるのかも、どんな形かも、どれくらいの大きさかもわからないところが、ちと悪さをしているらしい」

 千葉は黙ったまま、困った顔をした。

 「水月の気取ったしゃべり方は、なにがいいたいのかわからない」

 俺は右手の指先で自分の左胸に触れた。ぴくりと肩を揺らして目を大きくする千葉に、そんな大層なもんじゃないよと思いつつ笑い返す。そのまま、指先を右のこめかみに当てた。

 「どっちにあるんだろうね」

 「だから」と焦れたようにいう千葉に「心ってやつ」と答える。

 「心因性だってさ」

 「シン……イン……?」

 「()ってやつのいたずらなんだってさ、俺さまをここに閉じこめてんのは。どこにあるのかわからなければ治療のしようもない」

 「そ、……な、なにがあったんだよ」

 ちらと浮かんだ葉月の顔を振り払う。ほんの一瞬、けれども確かに変わったはずの俺の気配を、千葉がどれだけ感じとったかはわからない。