花水木

 「そういえば花車くんって、誰に告白されても受け入れないらしいよね」とてらちゃん。

 「ふうん……。顔がいいからって()りすぐるってわけ?」

 「美男には美男の苦悩があるってわけじゃない?」

 「あいつに限ってなにかに悩んでるってことはなさそうだけど」

 「あらやだ、ときもっちってば、花車くんとどんなご関係でやんすか?」

 「関係なんてものはないよ。ただ、わたしが花車に嫌われてるってだけ」

 「なんで嫌われてるの。ときもっち、意外といじめっ子だったりして?」

 「そんなつまらないことをするくらいなら、絵でも描いてるよ。画材屋さんを覗いてみたりね」

 「じゃあなんで嫌われてるの」

 「まあ……わたしが、花車の名前を聞き間違えたんだよね。中二のときに、近くに引っ越してきたばかりの女の子がいてね、その人も含めて、新しいクラスに慣れるきっかけになればって感じで、みんなで一言、自己紹介をしたんだよ。

そこで、ハナグルマ(、、、、、)っていうあいつの名前を、わたしがハナムグリ(、、、、、)って聞き間違えちゃって。変わった苗字だなと思ったのをそのまま口に出しちゃって。みんながあいつに注目してる教室でね。それから嫌われてる」

 まったくねちっこい人だ。しかもわたしが聞き間違えたこと自体ではなく、そのことで恥をかいたと怒るのだから、プライドも高いらしい。あんな必死に自分で尊ばなくたって、みんな一様に尊かろうに。まったくの困ったさんである。

 返事がないので見てみれば、てらちゃんは幅のない肩を震わせて机に伏せていた。「息してね」と声をかけると、「あははは」と声をあげ始めた。

 「いや、いや……ははっ……ハナム、ハナムグリって。虫じゃん、それ」

 「知らなかったんだよ、その頃は。ハナムグリっていう虫がいるなんて」

 「にしたってさっ……おか、おかしいなって、思わなかった……わけ?」

 「笑いすぎだよ。珍しいと思ったよ。だから珍しいねっていったんだよ」

 薄いおなかを抱えてげらげら笑うてらちゃんを見守りつつ、わたしはごはんを口に入れる。

 「はあー、おっかしい。涙でてきた」

 てらちゃんは頬を伝った涙を拭った。

 「もう流れてるよ、それ」

 「いやあ……それは怒るよ。はあ、おっかしい」

 「悪気はなかったんだよ」

 「今はあるでやんすか?」

 「意地悪なこというね」とわたしは否定する。

 てらちゃんはまだちょっと笑いながら、深く息をついた。

 「ああ、笑った笑った」

 「で、花車ったらなんで告白受け入れないの?」

 「花車くんとはあたしより、ときもっちの方が親しいじゃん」

 「親しいことはないよ」

 てらちゃんはもらってきたというお手拭きで手を拭くと、ようやくお弁当箱の蓋を開けた。

 「まあ、今あたしが思ったのは、ときもっちがあんなことしたから、女子に対して変なイメージがついちゃったのかもってことだね」

 「そんな大げさな」

 「大げさなもんですか。中二なんて純粋で多感な時期にあんなトラウマを植え付けられて」

 「誰目線よ」

 「でももったいないよねえ。恋愛は大学にいってからって感じなのかなあ」

 「気になるなら声かけてみればいいじゃん。別に普通の人だよ」

 「そんなことできるのは、ときもっちくらいだよ」

 「別に不良じゃないよ、あいつ。ねちっこいだけ」

 「かっこいい人が目の前にいたらそうそう話せないでしょ」

 「ふうん……」

 そういうものなのかな。