花水木

 「うまっ」といったてらちゃんは唇の端についたクリームを親指で拭い、その親指を迷いなく唇で挟むようにして綺麗にした。「お手拭きもらってきて正解だわ」と笑う。

 わたしがお弁当箱の蓋を開けたとき、てらちゃんが思い出したように「ああそうだ」といった。ふりかけごはんを一口分とった箸先から、てらちゃんへ視線をあげる。

 「そういえばさ、今週の土曜日、卓球部が北高と試合するみたいだよ」

 「卓球部?」

 お弁当とふりかけという魔法のかかった冷やごはんを口に入れる。

 「そうそう。あたしのいとこみたいな人が北高のマネージャーでさ」

 「みたいな人? 顔が似てるの?」

 「いや」とてらちゃんは笑った。「親のきょうだいじゃなくて、おじいちゃんたちがきょうだい、っていう」

 「ああ、はとこだ」

 小学校の頃に、そんな関係の人が一学年上にいるという友達がいた。家も近くなのだそうで、とても仲がいいらしい。

 「そういうんだっけ? まあとにかく、そういう親戚がさ、北高で卓球部のマネージャーをやっててね。昨日、久々に連絡がきたと思ったら、今週の土曜日に卓球の試合を組んだって話でさ」

 「へええ」

 わたしは昨日の夜に作ったとんかつを口に入れる。ふりかけをかけなかった方からごはんも一口、入れる。なんちゃってかつ丼だ。口の中が幸せで、わたしはたまらず足をばたつかせる。

この世にかつ丼を越える美味はないと思う。ああ、これがあたたかくて、ふわふわでとろとろなたまごもあったなら……。

 「で」というてらちゃんの声にはっとする。

 「ごめん、なんだっけ」

 「北高との卓球の試合。今週の土曜日、一緒に見にいかないかっていうお誘いをしたいんでやんすよ。なんか予定ある?」

 「いや、なんにも」予定があるようなら、それは休日ではない。休日は自由であるべきだもの。

 「で、北高にはめちゃくちゃかっこいい選手がいるらしいんだよ。タサキっていう人らしくて」

 「タサキ……」

 聞き覚えのある名前だけれど、どこで聞いたのだったっけ。

 「うん、田んぼの田に、普通の崎」

 「そっか……田崎か……」

 ふとそれらしい記憶に再会し、「ああ」と声がでた。

 「え、知ってる?」

 「いや、中学校にそんな先輩が騒がれてたなと思って。その人もやっぱり卓球やってるんだよ」

 「へええ、その人かな?」

 「どうだろう。わたし、ほかの部活にはあんまり興味なかったから……。田崎先輩っていう人がどんな人なのかも全然知らなくて」

 かっこいいなと思っただけで入ってしまった吹奏楽部で精一杯で、ほかの部活のことなんてまったくわからなかった。

 「で、はとこいわく、その田崎って人がものすごくかっこいいらしいの。一緒にどう?」

 「うん、いこうかな」

 てらちゃんと一緒にいるのは楽しいし、断らなくてはいけないような用事もない。