卓球センターへは稲葉が先に着いていた。彼は俺を見るや「だっさい面しやがって」と笑った。胸の奥が苦しくなる。自分が救いのない悪人であることに、一秒ごとに気づいていくようだ。

 たっぷり三時間やり合ったあと、牛丼屋に入った。

 注文を済ませると、稲葉は水のグラスの水滴を指先でいじった。

 「で、寺町とはどうなのさ」

 「……あんまり進展は。……おまえのせいで」

 「なーんでそんなに信用ないかねえ」と稲葉は笑う。

 「ただ、……寺町が……」

 「はいはい、どんどんかわいくなっていくのね」

 稲葉はぐいと水を飲み干した。

 「で、寺町の方からなんかあったりしないの?」

 「あった、といえば……あった」

 「はあん。それを、俺の性格の悪さがいたずらして、ぼんやりしたまんま保留ってわけだ?」

 俺も一口水を飲んだ。稲葉は「なるほどね」と苦笑する。

 「切ないねえ。せっかく幸せを望んでやったのに、いまいち結果がないなんて。まあでも、どうせ寺町は花車一筋だろ。そう不安に思うことないよ、俺もおまえも」

 「大盛りと並でーす」とカウンターの中から届いたのを、稲葉が大盛り、俺が並と受けとる。店員は「ごゆっくりどうぞー」といって戻っていく。

 「……おまえは、……こんなんで……」

 「ああ、うっせうっせ。嫌だったら大人しくしてないっつうの」稲葉は箸を二膳とって、一膳を俺に差しだした。「おまえ、愛されたことないわけ? 鈍感にも程があるぞ」

 「愛されてはいる……」

 「じゃあわかるだろう。他人が箸を差しだしてるときは素直に受けとるもんだ」

 「いつも受けとってるだろ」と苦笑して受けとる。

 「とにかく、人の優しさには素直になるべきだよ。その優しさに裏があったら、はまってやればいい」

 「それは嫌だ」

 「確かに楽しいもんじゃないだろうな。でも十分の一くらいの確率でしか存在しない裏側にびびって純粋な優しさを受けとれないくらいなら、裏側の罠に素直にはまってやるつもりで、ほかの純粋な優しさを純粋に受けとるのが幸せじゃねえ?」

 稲葉は大きく牛丼を頬張った。しばらくもごもごして、前を通った店員に水のおかわりをもらう。それを一口飲んでからグラスをテーブルに置いた。

 「優しさだけじゃない、好意も素直に受けとるのがいい。そうそう差しだしてもらえるもんでもないんだからさ」

 「ああ、……そうだな」

 一口入れて、ゆっくりと咀嚼する。

 「好きな人なんて、どうせほかを見るものなんだと思ってた」

 稲葉はゆったりと咀嚼しながらこちらを見た。ふと意地悪く笑った。「臆病者め」