夕飯を済ませると、わたしは早々にお父さんの食器も持って腰をあげた。「おお、どうした」と困ったように笑うお父さんへ「今日はとっても気分がいいの」と満面の笑みを返す。彼が「ええ、怖い」とつぶやくのを無視して、「お風呂入ってきなよ」と押しつける。ちょっと、なんとしてでもお母さんと二人きりになりたい。

 お母さんと二人でキッチンに入ると、「ねえ」と小さな声を投げる。「ん?」と普段の調子で返事をするお母さんに「しーっ」と唇の前で人差し指を立てる。

 「ひろちゃんの大学の先輩の連絡先って知ってる?」

 「はあ?」と思い切り顔を顰めるお母さんにぎくりとする。

 「ああ違う。画廊やってるんでしょう、その人。それで、場所を借りたいと思って」

 「ああ」とお母さんは表情をやわらげ、大きくうなずいた。「そういうことね」と。

 「アリマ画廊で調べてごらん」

 「アリマ……聖母さま?」

 「マリアね。じゃなくて、有名の有に馬で、有馬(ありま)。有馬画廊」

 「有馬画廊……。調べてでてくるような場所なの?」

 「うん。わたしも初めていったときには場所、調べたもの」

 「ふうん……。連絡先もでてくる?」

 「そりゃあもちろん。わたしのあいまいな記憶から引きだすより、調べてみた方が安心ね」

 「確かに」とわたしは笑い返した。

 「本当に格好いい人だから、会ったときに卒倒しないようにね」

 「そんなに格好いい人なんている?」

 「まあ、あのおとうさんを見てても平気なんだから、はなはそれほど心配要らないね」

 「いや、お父さんで倒れてたら誰を相手にしても倒れるよ」

 「あら嫌だ、あれで若い頃はそこそこ格好よかったんだよ」

 「お母さんの格好いいメーターは恐ろしく敏感だからなあ」

 「失礼ね、見る目はあるよ。お姉ちゃんだっていってたし」

 「画廊の人が格好いいって? でもわたし、ひろちゃんと好み合わないんだよなあ……」

 褐色の肌で髪は長めで真っ黒、口元に髭を蓄えた筋肉質な人と、金髪碧眼で白馬の似合うようなすらりとした若い人、というくらい違う。

 「まあとにかく、歳の割にかなり格好いいから、ちょっと期待してみて」

 「実らない期待抱いてどうするの」と苦笑すると、お母さんはちょっと楽しそうに笑った。