花水木

 時間の流れは、決して一定ではないと思う。これまではひどく退屈だった一週間が、まるでほんの数分、数時間のように去ってしまった。ふとそうして一週間が去ってしまったことに気がついてしまえば、震えるほど怖くなった。この調子では、夏休みが始まってしまうのももうすぐだ。

 まともな絵など一枚も描けていないように思う。結局は趣味程度で描いているのがちょうどいいのではないか。葉月はあんなふうに褒めてくれたけれども、それは単に、彼自身、絵を描くのが得意ではないからなのではないか。だから実際、俺は一次審査も通らずに落選した。

 ただ勝手に落とされているだけならまだいい。けれども今度やろうとしているのは、人から金をとるというものだ。そんなのは、あんまりに傲慢なことではないだろうか。あんまりに愚かで、生意気で恥知らずなことではないだろうか。

 玄関の敷台の上で騒がしい頭の中に軽い眩暈を感じていると、葉月の声に呼ばれた。びくりとして振り返る。彼は白い半袖のジャージに黒いジャージの長ズボンという格好だった。

 「なにぼさっとしてんの」

 「気が……」

 「なんて?」

 「気が、狂いそう」

 「それは困る。落ち着け、大丈夫だから」

 「叫びたい」

 「だめだ、ご近所迷惑だから」

 俺はそっと、空気を深く吸いこみ、ゆっくりと吐きだした。「それでいい」と葉月がいう。

 「どうした、時本といちゃつくんだろう?」

 「こんなテレビの砂嵐みたいな心情でいちゃつけるものか」

 「アナログ」と葉月は苦笑する。「十年近く前だろ、あれ」

 「とにかく落ち着かない」

 「なんでだよ。新しいの描いてみたり、時本となにをだすか決めてみたりすりゃあいいじゃんか。きょうだいの絆より恋の魔法の方が精神を安定させる」

 「こんな醜態を晒せるか」

 「隠しごとはよくないよ、お兄ちゃん。互いに腹の中を探り合う、ドロドロの恋物語がおっぱじまっちまう。それに、弱点のない人間は飽きられる」

 「弱点しかない人間は?」

 「また次頑張ろう、俺も付き合う」

 ちょっと眩暈も落ち着き、葉月はそれを知ったかのように、その瞬間、俺の背中を強く叩いた。

 「あざになったらどうするんだ」

 「消えないうちにいってこい。かわいい弟のかわいいかわいい応援の印だ」

 葉月はそういってから、おえ、とでもいうように顔を顰めて舌をだした。

 ふっと表情を戻すと、「どんだけ恥をかいても、人間、死にはしない」と彼はいった。

 「こんなのときょうだいでも、おまえは生きてるもんな」

 「水月は恥じゃない。クラスの真ん中で虫の名前と聞き間違えられるような恥をかっ喰らっても生きてるんだ、人生、思うより気楽に構えていいらしいぜ。恥も失敗も、おまえを殺さない」

 「そうかな」と笑い返すと、葉月は「いってこい」といった。

 「時本はおまえに惚れ直すことはあっても、幻滅はしない。どんな醜態も、優しく受け入れてくれる。あいつは相手のほしいものを正確に読みとる。いつだって、こっちのほしいものをくれる」

 確かにはなはそういう人だ。「俺にはもったいないな」

 「ああ、そのばかみたいに他人の変化に鈍感なままじゃ、もったいないお化けに滅ぼされるだろうよ」

 「頑張ってみるよ」といってみると、葉月は拳を突きだした。「応援してる」

 俺はそれに自分の拳をぶつけた。触れ合った拳から、血液の流れが再開されるように、ほかほかとあたたかくなった。

 恥をかいて死ぬことはない。

 本当に大丈夫かもしれない。