紙コップに注がれた甘酒に、お礼として五円玉を置いてきた。ここの神さまと近くにあれますようにと願いをこめて。

 優しいあたたかさを口に含み、ゆっくりと飲みこむ。懐かしい味がした。

 「御神籤(おみくじ)引いた?」と尋ねた息はさらに白い。

 「まだ」と水月は首を振った。「お祓いも済んでない」

 「わたしも御神籤はまだなの。凶とかでちゃったりしてね」

 「それでも、健康と商売だけいいことが書いてあればいいかな」と水月はいった。

 「待ってる人はいないし、恋愛もそれほど不安はない」

 「すごい喧嘩になるかもよ?」といってみると、「それも楽しめるような恋をしてる」と彼はなんでもないようにいった。その目がまっすぐにこちらへ向いているものだから、こちらが恥ずかしくなってくる。

 「商売……そう、商売は心配だね。願いごとも気になる」

 「そうか……」というと、水月は「なかなか心配ごとはなくならないもんだね」と静かに笑った。

 しばらくほかの人の邪魔にならないところでのんびりと甘酒を飲んで、テントの傍にあるごみ箱へ紙コップを捨てた。

 ちょっと体の外もあたたまろうかということになって、お焚き上げの行われている方へいった。円形に掘られた穴のを何本かの柱とそれに結ばれた縄が囲んでおり、その周りに七、八人がわたしたちと同じことを目的に立っていた。わたしたちもちょっとその中にお邪魔した。煙がもくもくと曇天へのぼっていく。

 普段、庭なんかにでたところで漂ってきたら籾殻(もみがら)燻炭(くんたん)でも作っているのだろうと考えるくらいなだけのにおいなのに、こういうところで嗅ぐとどこか神秘なものに感じられるから不思議だ。

 「あれ、葉月は?」と男性の声がして、水月と一緒に振り返った。声の主は梢が飛びだした段ボール箱を抱えてた和装の中年男性だった。

 「友達と一緒に屋台の方にいってたけど、だいぶ前」

 水月のお父さんと思しきその男性は「そうか」というと、わたしへ目を向けた。どきりというかぎくりというか、なんとなく体がこわばる。

 「美人さんだね」という男性の声の後ろに「もう……」とうんざりした調子の水月の声が重なる。

 「明けましておめでとうございます」とわたしはお辞儀した。「時本はなと申します」

 「おめでとう」という微笑は、どことなく水月——いや、それ以上に葉月か——に似ている。

 「水月が世話になってるね」

 「こちらこそお世話になっております」

 水月に「恋人?」といった直後、男性が困ったような笑みを浮かべ、隣を窺えば水月が眉間に皺を寄せていた。

 「なに買ったの」と興味もなさそうに尋ねる。

 「うめ」と男性は無邪気に答える。「あと、つばき」

 「どこに植えるかちゃんと考えてね」

 「そりゃあもう——」と明るく応じる男性の言葉を遮り、水月は「ゆっくり考えて」と噛んで含めるようにゆっくりはっきりといった。「ね」とうなずくように傾げるように首を動かす。

 男性が駐車場のある方へ歩いていくのを見送り、水月は「申し訳ない」といった。

 「お父さん? おもしろい人だね」

 特に深い意味をこめたわけではないのだけれど、水月は片手で目元を覆うようにした。その手をおろすと、ため息をついた。

 「あの人はちょっと、繊細さと慎重さを欠いてるんだ」