「見苦しい場面を見せてしまい、大変申し訳ない。実はヴィンセントは、十八の時に崖から落ちて頭を強く打ってしまって……それ以来、ずっとあんな調子なのだ」

(頭を打ったふりをしただけだがな)

「医師の見立てでは、頭を打った衝撃で脳にダメージを受け、知能が低下し子供返りしてしまったのではないかと言われている」

(してないけどな。子供のふりをしているだけだ)

「あんな調子なもので、いつまで経っても婚約者が決まらず……。今までに何人もの令嬢と顔を合わせをしてきたが、全て断られてしまったのだ。まあ、あんな姿を見せられては仕方が無い事だと思うのだが……」

 そう言うと、公爵様は深い溜息をついて肩を落とした。

(女は嫌いだ。ベタベタと触ってくるし、何処へ行こうにも付き纏ってくるし、なぜか髪の毛まで送りつける奴もいる。睡眠薬だの媚薬だのを仕込んできた奴もいたな……。そんな奴らと婚約なんて絶対嫌だ。結婚して同じ屋敷に住むなど死んでもごめんだ)

 わあ。さすが絶世のイケメン。よっぽど酷い目にあってきたのね。
 っていうかこの声、やっぱりヴィンセント様の声よね?
 他の人には聞こえてないのかしら? もしかしてこれ、心の声ってやつ……?

 私は小さい頃から、第六感とやらが強いらしくて、他の人には見えない物が見えたり、聞こえないはずの声が聞こえたりする。
 それもあって、多少の事には動じない自信があるのだけど、人の心の声が聞こえてきたのは今回が初めての事。
 どう対応するべきなのかしら。やっぱり聞こえないフリした方がいいわよね?
 心の声なんて聞かれて気持ちがいいものじゃないし。

 当の本人は、無邪気に蝶を追いかけて今もグルグル回っている。

「待て待てー! あっはははは!」

(さあ、こんな大人げない俺の姿を見て、思う存分幻滅するといい)

 目の前で繰り広げられている成人男性と蝶々の追いかけっこ。
 頭の中に響く無駄にイケメンボイスな声。

 それにしても……この人いったい何やってるの?