「ご紹介申し上げます。私の婚約者、レイナです」
「あ……お初にお目にかかります! 私は北の辺境伯の娘でレイナと申します!」

 予想外の事態の連続で、事前に練習していた国王陛下への挨拶の言葉など全て吹き飛んだ。
 とにかく、必死に頭を下げて敬意を示すしかないと考えていると、頭上から軽快な笑い声が聞こえてきた。

「はっはっは! そう緊張する事はない。そなたの話は兄からよく聞いておった。健気にも毎年、感謝を綴った手紙を送ってくる可愛らしい令嬢がいると。手紙の返事を送ろうにも、『返事はいりません』と三回も書かれているから送る事も出来ないと嘆いておったぞ」
「え……?」

 公爵様がそんな事を……?

「いつか息子と婚約させたいなどと目論んでおったが……まさか本当に実現させてしまうとは……。兄は昔から頭がよくキレる人物だったからな。……一時(いっとき)を除いてだが」
「……」

 意味深に呟いたその言葉に、ヴィンセント様はグッと口を噤んだ。

「……ヴィンセント。お前は父親によく似ている。お前の父親が国王の座に就かなかったのは、決して無能だったからではない。優しすぎたからだ」

 ……国王陛下は気付いているんだ。
 公爵様が、弟に国王の座を譲る為にわざと無能なふりをしていた事を――。
 これもヴィンセント様の心の声を聞いていて、偶然知った真実だった。

 公爵様はかつて、無駄な争いを避ける為に王位継承権を自ら手放した。自分が弟よりも劣る存在であることを周囲に知らしめ、誰もが納得する形で弟に王位継承権が渡るようにと根回しをしていたのだ。自分が無能だと皆から蔑まれることは容易に想像出来たはずなのに。