「ヴィ……ヴィンセント様! 大変遅くなりましたが――」

 我先にと真っ先にヴィンセント様の前へ出て来たのは一人の男性。その後ろへ続けとばかりにヴィンセント様へ挨拶する為に列をなす人々。

 その光景をヴィンセント様は冷めた眼差しで目を走らせ口を開く。

「今さらもう遅いに決まっているだろう。今回の件は一人残らず父上へ報告させてもらう。私や私の婚約者への侮辱発言も含めてだ。あとの判断は父上が決めるだろう。特に……レイナは父上が寵愛している令嬢だ。彼女を侮辱した者には特に厳しい処罰が下るだろう」

 会場内がザワッと騒がしくなる。頭を抱える者、顔を覆う者……とにかく絶望感が半端ない。
 特にマーガレットの父親とマーガレット含む三人の令嬢達はこの世の終わりの様な悲壮感漂う姿と成り果てている。

「な……そんな……!」
「なぜ公爵様が北の辺境伯の娘を……!?」

 それは私も聞きたいけれど、恐らくヴィンセント様が機転を利かせた発言なのだろう。
 だって私は公爵様に一方的に手紙を送りつけていただけだし、まだ一回しか会った事ないのだから。

 すると突然、ヴィンセント様は皆に見せつける様に私の肩を抱き寄せた。
 予想外の事に、私はヴィンセント様の体にもたれかかる人形の様にカチンと固まった。

「ここにいる者達に告ぐ! レイナは私の正式な婚約者だ! 彼女と彼女の家族の事は今後、私と同じ公爵家の人間の一員として、それ相応の敬意を払うように!」

 皆の前で堂々と宣言するヴィンセント様の姿に、人々はただひれ伏す様に頭を下げるしかない。
 王族の血筋なだけあって、近寄りがたい程の威厳を放つ姿は、まるでこの国の王であるかのよう。
 
「ヴィンセント様……まさかあのような姿を見せていたのは俺達を試すためだったのか……!?」
「なんてことだ……! 公爵家との関係が絶たれてしまったら今後どうすればいいんだ!?」
「ああ……もう……終わりだ……! どう謝罪すれば……」

 絶望に顔を歪め膝を付く者、公爵様への謝罪に頭を悩ませ混乱する人々。
 後悔、諦め、恐怖といった感情が渦巻くこの場は、もはやお祝いのパーティーどころではない。

 だけど今の私にはそんな事よりも、ある事が気になって仕方がない。

 ……聞こえないのだ。

 ずっと聞こえていたヴィンセント様の心の声が。