「え? じゃあ別にこの国の王を狙っている訳じゃないのか……?」
「なんだ、恋人同士のただの戯れだったのか」
「それにしてもヴィンセント様の様子、おかしくないか? 振る舞いがまるで子供の様だが……?」
「いや、ヴィンセント様だけじゃなくて、婚約者の方もちょっとおかしくないか?」

 とりあえずは、ヴィンセント様が国王の座を狙っている疑惑は晴れたらしい。
 代わりに私が変人扱いされる事になったみたいだけど。

「何あれ? やっぱりあの噂は本当だったのね。ヴィンセント様が子供返りしてしまったという……」
「あんなにお美しい方なのに勿体ないわ……。でもさすがに、婚約者としてはないわね」
「あの婚約者も、よくあんな男と一緒にいられるわね。恥ずかしくないのかしら?」

 もはや女性達の間でヴィンセント様に好意の目を向ける人は一人も残っていない。
 こうやって彼は今までもずっと、女性達を避け続けてきたのだろう。

 それにしても、なるべく彼の醜態を見せないようにと思っていたものの、こうなってはもはや手遅れ。
 彼の醜態どころか私まで醜態を晒す羽目になってしまった。先行きが不安すぎる。

 私は一度目を閉じ、これからの長い夜の戦いへ思いを馳せながらも、小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 ……よし。国王陛下に挨拶済ませたらさっさと帰ろう。

 そう心に固く誓う。

「では、ヴィンセント様! 参りますよ!」

 私はヴィンセント様の腕を半ば強引に引っ張り、王宮へと続く階段へと歩いていく。

「あ! 待って!」

 いざ、階段を登ろうとした時に、ヴィンセント様が慌てた様子で声を掛けて来た。

(階段か……それならばあれをやらねばならない)

 え、なんだろう。もしかして、男らしくエスコートでもしてくれるのかしら……?

「レイナちゃん! じゃんけんして勝った方が階段を登れるやつ――」
「致しません」

 一瞬でも期待した私が馬鹿だった。
 
 ヴィンセント様がその事を言い終わるよりも先に返事を返し、彼を引きずる様に階段を登り始める。
 そんな私の耳にはクスクスと笑う声と面白そうに話す声が聞こえてくる。

「あら? あの子って確か、北の辺境伯の娘だわ。あの貧乏伯の……まさかあの子がヴィンセント様の婚約者になったの?」
「え、鍬ばっかり振り回して、頭まで脳筋になってるっていう?」
「まあ。曲者同士でお似合いね」

 あら、私って意外と名が知れていたのね。別に嬉しくもないけど。

 自分の地獄耳が恨めしいわね。
 それとも、みんなの心の声まで聞こえてくるようになったのかしら?