「良かった……本当に良かった……。嫁の貰い手なんていないと思っていたからな。愛想が無くてがさつで可愛げが無い……取り柄と言えばその有り余った体力と筋力だろうが、そんな女を娶ってくれる人なんていないと思っていた……」

 私の感動は一瞬で裏切られた。涙も蒸発するかのごとく消え去った。
 本人は聞こえない様に言っているかもしれないけれど、人一倍耳の良い私にはハッキリと聞こえている。

 お父様……出来ればその事は心の中だけに留めておいてほしかった。
 お父様の心の声まで聞こえてきたのかと思ったわ。

 そんなお父様を宥める様に、公爵様が肩にポンっと手を置いた。
 もはや二人は他人ではない。これからは家族だとでも言う様に笑い合い、仲良さげな雰囲気が漂い出している。
 そんな父親達の思いとは裏腹に、予想外の展開に焦っている人物がここにいる。

(まずいな……。今まではこれでなんとか婚約回避出来ていたんだが……まさか本当に婚約してしまうなんて……どうすればいいんだ!?)

 切羽詰まった様なヴィンセント様の声が脳内に響く。

 なんでこの人はこんな方法を選んでいるのだろう。
 自分の価値をわざと落としてまで……。それで一番困るのは自分自身じゃないのだろうか。

 だけどそれは自業自得だとしても、私が何よりも許せないのは、その事で公爵様の心労を増やしているという事。

 公爵様を困らせる様な人は、息子であろうが放っておく訳にはいかない。
 女性を避ける為に子供を演じているのなら……それが通用しないと分かれば、もしかしたら彼は諦めて子供のふりをやめるかもしれない。
 それこそが一番の公爵様への恩返しになるのではないだろうか。

 そんな事を考えながら、ヴィンセント様に視線を移す。
 彼は口元に手をあて視線を地に落とし、真剣な表情で考え事をしている様子。