「嬉しい...」
「私も嬉しいです」
先程、気持ち悪いと言ってしまい申し訳ない。
...いや、気持ち悪いのは間違いないけれど。
そっとキスされた甲を拭う。
「えぬちゃんは.....って、すみません」
「あ、いいですよ。皆さん好きなように呼んでくれるので」
「では……えぬちゃんはどうしてここに?テシの連れと聞きましたけど...」
「ああ。私、堕天使くんのお嫁さんになるんです」
堕天使くんとお嫁さん。
このふたつの単語に固まるススムさん。
「堕天使くん...?」
ススムさんの視線を誘導するように指を移動させる。
「お嫁さん…?」
満面の笑みで頷いてみせる。
「…!?!?」
サイレントに暴れるススムさん。
すぐに堕天使くんのネクタイを引っ張りに行った。
「てーしー!?!?おま、JKに手ぇ出したんか!?!?」
「興味無い」
「だよなぁ!?!?お前はそういう奴だよなぁ!?!?」
あまりの熱量に少し引き気味の私に、笑氏さんはそっと声をかけてくれた。
「オタクでロリ好きでメガネ」
「...へぇ」
何となく、ススムさんの全てを掴んだ気がする。
人間、こんな3単語で表せるほど単純な生物では無いが、何となくこれが全てだろうと思ってしまった。
「るせぇな…」
「そりゃそうだよ!えぬちゃんがてめぇの嫁になるっつってんだよ!」
「いい加減にしろ」「ぐふっ...」
簡単に暴力を振ってしまう堕天使くん。
綺麗な拳がススムさんのお腹にシュートを決める。
「堕天使くん。暴力はダメだよ、痛いから」
どんな堕天使くんもかっこいいし受け入れる準備はできているけれど、人が苦しむ姿はできるだけ見たくない。
「…沢鷹さん、ここがなんだか知らないの?」
「知らない。新聞屋の上ってことくらいは知ってるけど」
仮面の奥の目が少し大きくなった気がした。
「…」
その綺麗な目は、私の横にいる人物を睨み始める。
「いやぁ、一刻も早く歌聴かせねーとって思ってさぁ」
笑氏さんは私の肩を規則的に叩く。
堕天使くんが沈黙をつくり続けていると、その強さは強くなり、笑氏さんの笑顔もぎこちなくなった。
「今度の総会が楽しみだね、エミ?」
「あはは…」
総会?
この言葉は生徒会関連でしか聞いたことがない。
なんの話しをしているんだろうか。
「総会ってなあに?」
「教えない。いい子はいい子の世界で生きてればいーんだよ」
またこれだ。
「私、いい子なの?」
「俺らに比べたら、ね」
言葉が矢となって胸に突き刺さる。
小さな子供相手に話すような口調で話してくるような堕天使くんの言葉なのに、どうしてこんなに棘を感じるんだろうか。
「…堕天使くん、好きだよ」
「相変わらずキモイね」
「うん。だから、また来るね」
文脈おかしいだろ、と隣からツッコミが入る。
どんなに繋がりがおかしくても、嘘はついていない。
「あ、次の曲はいつ出るのかな!?」
「明日の夜!」
「了解!楽しみにしてまーす♪」
「ありがとう、ススムさん!」
まさか、堕天使くん繋がりでリスナーさんに会えるとは思っていなかった。
聴いてくれる人の数を認識すると、やる気が増すというのは本当だったみたい。
「あー待て待て。送る」
私の背をぽんと押して前を歩き出した笑氏さん。
地図アプリを開こうとしていたのに…。
さっきまで暴言を吐いていた人とは思えない。
「ちょ、仕事は!?おーい、笑氏〜?」
「お前がやっとけばいいだろ」
「テシ〜…?お前、なんか悪いもん食った?」
「別に」
なんだか面白い人達。
みんなして個性を押し付けあってる感じがする。
「乗れ」
「はい」
危ない香りしかしないのに、来る時と違って緊張はしていない。
「会ったところで降ろせばいいか」
「お願いします」
思い返せば信じられないことばかり。
でも、どれも紛れもなく現実で、私の運命を一瞬にして変えた。
「毎日来てもいいですか?」
「は?あれ、まじだったの?」
「マジですよ、マジ」
あれだけすんなりと話が終わったのは、相手にされていなかっただけなのか。
「テシに会いたい気持ちは伝わるけど、俺らも仕事あるし」
「今日と同じ時間に来ても?」
「時間関係ないから」
仕事の種類は聞いても教えてくれないだろうし。
けれど、必死に頭を動かして分かるようなことでもないし。
「じゃあ、ずっとあそこで待ってたらいいってこと?」
「どーしてそうなる。お前は…本当に馬鹿だな」
待つことならどれだけ気持ち的に辛くても不可能では無い。
「じゃあ」
「ダメ。テシがゆるさねーよ、きっと」
「なんでですか?」
「テシがお前のこと気に入ってるから」
堕天使くんが、私を、気に入って…。
「へっ!?そ、そんな…」
「…」
考えるだけで顔が赤くなってしまう。
そんな奇跡、というか、夢のような…。
「自分の身、守りたかったらもう来んなよ」
「…どういう意味?」
「来んなってこと。邪魔だから」
笑氏さんの忠告は重い十字架のようで、きっと従うべきなんだと思う。
会話が無くなった空間でずっと考えた。
こんなに流れが早い展開が異常であることは分かっている。
それと同時に、この機会をものにするか、怖気付いて逃げるか、その選択が私の人生を変えるであろうことも。
「着いた。降りろ」
「あ、送ってくれてありがとうございます…」
「んじゃ」
沢鷹音帆。
貴女はどっちを選ぶの?
