ガルゥヲンが王帝領国で新たに与えられた部屋は、アラャラス王子と双璧になる東宮にある。

 カフカス王帝の住まいはウーリウ藩城と違い、左右対称に形作られた宮殿建築。
 その左右は、王帝自らが住まう中央宮を真ん中に、東西の宮が挟んで存在する。

 かつて皇太子として東宮を使っていた皇子アラャラスは、継承権の繰り下げと共に王子となり、西宮へと住まいを移されてる。とはいえ、幼き頃から使用していた東宮は勝手知ったる場所。

「新皇子の婚約者殿はこちらの部屋だったか。」

 まるで今も主と言わんばかりに、東宮に現れては 頻繁にガルゥヲン周辺へ牽制を仕掛けてくる。
 

 そして今度はガルゥヲンの新たな婚約者として公表された、聖女トモミの部屋へ無断で入って来たのだ。

「「!!!!」」

 突然部屋に現れたアラャラスに、聖女トモミの目が見開かれた。

「アラャラス王子、乙女の部屋に許しもなしに入ってくるなんて、どーゆーつもりですか。出て行って下さい。そもそも護衛がいませんでしたか?」

 アラャラスの透けるほどの金髪が揺れて、金色の瞳が細くなる。
 
 魔力が多いほど濃くなる髪と瞳のカフカス王帝領国において、金や銀は黒を凌ぐ魔力を有している証拠。現王帝や王帝弟将軍も銀の髪を持つ。
 金が進めば銀となり、最終は虹色になる。

「挨拶もなしかい?それに別に2人っきりってわけではないようなのだし、そんなに憤慨するほどでもないだろう?護衛如きが、王子を止めれると思うかい?」

 多大な魔力を示す金の髪と瞳。まだ青年では有りながら、類まれな美貌を持つアラャラスが、ニンマリと口を弓形にして笑った。
 と、同時に聖女トモミの向かいに座っていた男が腰から剣を引き抜き、アラャラスの首元に突きつけた!!

「アラャラス王子、聖女の部屋です。御退出を。特に聖女はこの度、国儀の使命を担われる事になっております。何かあれば王帝陛下より無条件での抜刀も許されております。」

 屈強な体躯を持つ男は、傭兵かと思える眼光でアラャラスを睨む。体付きは明らかにアラャラスより一回り以上大きく逞しく、アラャラスはその圧に思わず息を飲んだ。

「なっ!部屋にも護衛を付けているのか?聖女といのは大層な身分だな。」

 アラャラスが降参を意味するかに、両の手を上げる。

「単に聖女と仲良くなりたいだけだよ。分かった。今日は失礼する。次は失礼の無い用に先触れを出すさ。」

 そうして男が当てる剣先を、指で押し退けると急いで部屋から出て行った。

「ふーっ。本当に焦ったー。何なのアイツ。本当っ信じられない!女子の部屋に無断で入る?スッゴい出来上がりイケメンだけど、クズじゃん。」

 アラャラスが出ていくと同時にに入れ替わりで、外を警備する護衛がトモミに詫びに顔を出した。トモミが改めて、最神官アゥベアライナ6世経由で王帝側に抗議すると伝える。

「トモミ、気を付けろ。アラャラスは君を懐柔するつもりだ。」

 外の護衛を部屋から出して、座ろうとするトモミに、部屋にいた男が忠告をする。

「懐柔?1年後には生け贄になる異世界人を?」

 トモミは目の前の男に戯けるようして肩を竦めた。そして、さっきまで話ながら口にしていた冷めた茶を一気飲みした。よく見ればトモミの目元は、まだ赤く腫れている。

「『封印の宮』にいては当事者と王帝、それに王帝弟しかしらない。」

 男はトモミの顔を見ながら応えつつも、赤く腫れた目元を気にしている。一見護衛に見える男。

「、、そっか。それにしても全然、ガルゥヲンってバレないんだねー。って、普段とは別人だから仕方ないか。セーフって?」

 魔道具の眼鏡を外して、変身を解いたガルゥヲン皇子が、男の正体だ。
 普段ガルゥヲンは魔道具の眼鏡を媒体にした変身魔法を使っている。
 魔力なしの王子として極力目立たぬように考えだが、全く違う容姿である利点を使う為でもある。
 現に、ガルゥヲンの本来の姿を知らないアラャラスが、ガルゥヲンを護衛だと間違えた。それほど本来のガルゥヲンは屈強な体付きをしていた。

「・・・・」

「護衛だって!!ウケるよね。あのヘナヘナもやし眼鏡のガルゥヲン皇子が、本当はマッチョ脳筋とか!!しかも、初恋拗らせマザコン!!」

「・・・・」

「あー。ごめんー。あたし王子様アイドル好きだからなあ。でもいくらアイドル顔でもアラャラスはナシ!!」

「もう、大丈夫そうだな。」

 1年後に『封印の宮』へ入る為毎日禊ぎを行い、 
マザーエリベス・カテドラルの大祈祷ホールで祈り捧げていたガルゥヲン。
 今日も同じ修練を積むガルゥヲンの耳に聞こえてきたのは、トモミの泣き叫ぶ声だった。その声を聞いて、今日が人選への言い渡しがあったのだとガルゥヲンは知る。

「、、まあ、お蔭で落ち着いた、かも?それにしてもガルゥヲンは最初から知ってたんだね。それでアタシに近づいたんだー。」

 ガルゥヲンと聖女トモミが初めて会ったは、1年前。異世界から飛ばされてきたトモミの存在を王帝領国が保護してすぐの事だった。

「すまない。、、だが、初めに話した事は嘘ではない。」

 異世界から来た少女に、ガルゥヲンから会いに行った。トモミが聖女となるのは確定だと聞いたからだ。ガルゥヲンはトモミにある交渉を持ち掛けた。

「この世界から元の世界に戻った人がいるって話?それは本当なんだ、、」

「間違いない。父から聞いた。」

 1年前のその時には、既にガルゥヲンは『封印の宮』へ入る事は知っていた。その相手になるのがトモミになるとも予想をして。それを暗にトモミは示唆したのだ。

「よけいに泣けるんだけどー、、」

 だからガルゥヲンは、申し訳ない顔をしながらも、言葉を出せない。図星というより、意図してトモミを利用したといえるから。

「『封印の宮』ってのに入ったら出てこれないんじゃないの?生け贄っていうことでしょ?帰れるとかないじゃん。まいったなー。アタシ、なんでこんなとこに飛ばされたんだろ。普通にトレッキングしていただけなのになー。」

 そんなガルゥヲンに気が付いてか、いないのか聖女トモミは投げやりに茶が空になったカップを絨毯に投げる。彼女なりの抵抗心の現れだろう。

「ねぇ、古の闇って何?魔物とか?戦うとかなのかなあ。」

 投げられたカップを律儀に拾いながら、ガルゥヲンが遠くを見ながら静かに応える。

「わからない。おそらく、誰にも。」

あの日、
最神官アゥベアライナ6世が授けた言葉を思う。

『帝国の皇子を
勇者の旗印と成し、魔導の者
聖職の者と共に 封印の宮に
導きたまえ。もし、
叶わねば、国から魔叡智は
去り国土崩壊となるだろう。』


ゴーガラーーーーーーーン
ゴガラーーーーーーン

ゴガラーーーーン

聞こえてくる
マザーエリベス・カテドラルの鐘が
東宮に響き渡る。