ディアスポラ。

「撒き散らした」を意とする
語源から昨今、
バビロン幽囚以降の離散ユダヤ人をはじめとした、
離散民族を総じて称するようになる。

(華僑もディアスポラの1つと
認識されるようになったけど、
異世界転生なんて事が、多々発生
するなら、異世界人もディアスポ
ラになりつつあるのかも。)

マイケルは、城下町へと続く道で
巡礼者が集まる掲示板を見ながらふとその様な事を、考えていた。

「マイケルしゃん!マルシェ!」

異世界で初めての友人であり、
家族同様になった少女ヤオの手を繋ぎ歩くマイケル。

ヤオが海道沿いに見えた変化に、
声をあげる。

ちょうど
マイケルが目にする掲示板には、
3ウー毎に開催される、
国際総会= ギルドエックレーシア
の告知がされて、
他国からの巡礼者が予定を
クレデンシャル、巡礼手帳に
書き付けていた。

「どうりで、ギルドへの人混みが
半端なかったわけだー。」

海を統べるギルドが運営する
巡礼者ベッドで生活を2年近く過ごしたマイケル。

ようやくウーリゥ藩島城下に
借り得た部屋へ戻る途中の
ある日。

「えっくれーしあ、くるの!
マイケルしゃん、はじめてね!」

海を統べるギルドが開く
学校からの帰り道で、
ヤオがマイケルに伝えたのは、
『エックレーシア』に合わせて
出されるマルシェだったのだ。

藩島の要所には掲示板が出され、
異世界に散らばるカフカス王領国の商人が、
一同に集まる祭典を知らせている。

エックレーシアが近い為か、
島の関所となるバリアロードから街道へとつづく道には、
この日の夕方に
店が立つようになった。

常設の店舗ではなく、マルシェ。
いわゆる屋台村だ。

「まるで、お祭りだわね。ヤオ」

「マイケルしゃん、絵!だよ!」

マイケルが異世界に飛ばされ
2年。
マイケルが手を繋ぐヤオも、
なんとか学校に通える状況に
なったが、
かつての栄養状態が悪いからか、
見た目は年齢よりも幼い。

「ヤオ!待って!はぐれるよ!」

なにより
興味が湧いたら飛んでいくの
ヤオの行動は相変わらずだ。

「じょうず、ねー。」

ヤオは屋台の隣で商売をする、
絵描きに駆け寄ると、
描かれる手元に釘付けになった。

「へぇ、クレデンシャルに直接
風景画を書くんだ。似顔絵の、
ポストカード版だね。」

巡礼者が持つ
『巡礼手帳、クレデンシャル』は
各聖地での文様が
神官の手で描かれ、
巡礼をしながら集められる物。

(本当にオヘンロの御朱印帳ね。それにしても、中途半端に魔法がある世界だからか、科学技術が発達しない証拠が、これだわね。)

クレデンシャルに集められる
のは、聖地文様だけではない。

「あ!マイケルしゃん!ここ!
ここからの、え!なの!」

「へぇ、城下から貴族街までの段丘風景かあ。なるほどね、確かに
ウーリゥ藩島らしい風景だもんね。」

聖地の屋台ならば
必ず御神体を模写する
看板が上がり、
絵描きが巡礼者の手帳に
直接御神体を描く。

そして巡礼者が持ち帰る
クレデンシャルには、
聖地文様や御神体だけでなく、
観光風景に、巡礼途中のノウハウ
なども巡礼者自身で書き付け
らガイドにもなる。

故郷へ戻った際に、
持ち帰られた巡礼手帳自体が
土産物になるのだ。
そんな巡礼手帳を、
異世界人は『クレデンシャルメメント』と呼び、コレクションさえ
されていた。

(元世界なら写真技術や、デジタルもあるのに。なまじっか魔法があるから、個々の魔法で生活水準をクリアさせてしまうから、文化面が今一つなのよねー。)

絵描きはカフカス民では
ないのだろう。
器用な動きの手筆で、
ウーリゥ藩島の白亜に輝く
人口海岸段丘を描き出していく。

「こうして見ると、まるでバビロンの空中庭園みたいな島よね。」

「ばびろん?」

「わたしがいた世界で言われる、
世界の七不思議の1つだよ。」

マイケルは、夕焼けに染まる
階段建設の城下町を見つめた。


古代ギリシャの数学者が作成した『世界の七不思議』の中で、
最も謎に満ちた屋上建設物。

マイケルの目の前にある、
ウーリゥ藩島の人口段丘は
再現された絵図に似ている。

「白い城下の壁と植物の感じが
こんな風になってたと思う。」

「ゆうやけ、ピンクね!」

「そうだね、今は白がピンクね」

バビロンの空中庭園は、
吊り庭園とも呼ばれ、
何層もの階段上に庭園が配置された伝説の庭だ。
記録には、様々な種類の樹木や
植物が植えられ、
古代バビロニア帝国の王が、
異国出身の妻を慰める為に
建設したと史実に残されるが、
七不思議唯一、位置が判明していない場所でもある。

(もしかして、このウーリゥ藩島がバビロンの空中庭園だったり、
なーんてね。)

「さ、ヤオ!帰ろ!わたし達が借りれた居場所!一国一城の主たる部屋で、ご飯だよ!!」

まだ絵描きから離れないヤオを、
少しだけ歩いて待つマイケル。

「途中で、食べ物のマルシェが
あったら買い物だよ!お客様が
来るからね。ほら、ヤオ!」

「マイケーしゃん、まって!」

学校に行き始めたとはいえ、
まだまだ足取りもゆっくりな
ヤオが、手を広げるマイケルに
向かって追いかけた。