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 ドウシェラとの会見を終え、聖堂エリベス・カテドラルを後にしたマイケル達一行は、ギルド・エックレーシアが閉幕した城のホールで行われる、宴に参加していた。

「マイケルしゃん!!すごいの!あっちにもこっちにもおいしそーな、ごはん!!」
 
 子供用ドレスに身を包んだヤオが目を煌めかせ、ホールに置かれた美食の山に歓喜の声を上げている。

(ホールのメインは舞踏会みたいだけれど、ヤオにダンスは早いもんね。)

 色取り取りの夜会服に身を包んだ紳士淑女が、其の身を音楽に委ねながら、ホールに豪華絢爛なダンスの華を咲かせていく。
 
 ギルド・エックレーシアの後に開催される宴は、普段ならば交流することなどない貴族や城下の資産家達をはじめ、藩島や他国の商人、ギルド衆や地区長などが一同にに会する珍しい夜会。

「おお、あれはフリューダの長じゃ!すまぬが失礼するぞ。また『試しの日』に会おうな、ラジ殿。」

 集落でも藩島の反対に位置する同士ならば、長ほどになると集落を出ることも出来ず、会うこともないのだろう。
 ツッチーナシュウの長・シンパクは早速、集落長や馴染みの商人達の顔を見つけると、マイケル達と別れた。

「おいヤオ!あそこにマモが来ているぞ?」

 そんな貴族達や上流商人達の踊りを尻目に、ヤオを肩車をするルッカが、壁際を指差す。見れば『海を統べるギルド』の面々がマイケル達に手を振る。 どうやらヤオの友達マモも城内に来ているみたいだ。
 
(マモの父親はラジの金庫番だから、エックレーシアで何か契約をしたんだ。)

「や!マモ!!どーしてー!マイケルしゃん?」

 マモの姿を捉えたヤオが、大きく手を振って、ルッカの肩からピョイと飛び降りると、マイケルを伺い、マモに駆け寄ろうと目線で聞く。

「いいよ。そのかわりルッカから離れない事!」

 マイケルが人差し指を立てて、ヤオに言い聞かせると、ヤオはルッカの手を引いて、マモの元へと走って行った。

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 マイケル達一行から、賑やかなヤオとルッカが離れると、後ろに居たハーバナがマイケルの隣に立つ。

「マイケルはダンスを踊れるかい?」

「ふふ、巡礼者でようやく市民権を得たレディが、そんな風に見える?ハーバナ?」

 長い髪を降ろし、長身のハーバナは普段の城技工士服ではなく、夜会用にと詰め襟正装をしている。
 ハーバナも、もちろん城下では振り返られるぐらいの容姿をしていて、さっきから令嬢達の熱い視線を受けているわけで。

「いや、マイケルならば踊れるのかなと思ったんだ。僕はナジールを探してくる。どちらにせよ、ナジールより先にエスコートなんかしたら、拗ねられる気がするし。」

「アハハ、何それ。そうだ、ラジも奥様がいるんじゃない?あたしも、ヤオじゃないけれど何か食べるから、ダンスに誘うんでしょ?」

 ハーバナなりに、ドレス姿のマイケルに気を遣ってダンスを聞いてくれたのだろうか。
 マイケルはハーバナがナジールを引き合いに出して、エスコートの有無を伺ってくれたことを軽やかに笑いながら、反対に佇むラジにリドの元へ行く事を勧めた。

「うむ。だがマイケルを1人にするのもな。ああ、マイケル。暫く髪と瞳の色を変えておくか?」

 ホールを見回しリドを見つけたラジが、マイケルを一瞥すると、懐から小さな魔道具を出して、ポンと渡してくる。

「変身魔力が付加された石の、、ピアス?」

「あれからタヌーとナジールが色々試作をしたと、ギルドに持ってきた物だ。試してくれとな。もののついでだ。」

 投げられた小袋を開け、マイケルが摘み上げたピアスをホールのシャンデリアに翳す。ピアスにはマイケルが良く知る水龍の骨が磨き施されていた。

「ありがとう。さっそくバルコニーで耳に付けて使ってみるね。」

 変身魔道具は、マイケルの黒髪と黒目が、他国の客人の目に晒されない様にとのラジの気遣いだ。

 リドの隣へと移動するラジを見送り、足早にマイケルはバルコニーへと移動すると、手にしたピアス方魔道具を発動させる。一瞬、マイケルの身体を優しい光が包んで消える。

(もしも、見た目通りに魔力があれば、自分の身ぐらいは守れたんだろうな、、)

 マイケルは満月が浮かぶ夜空を見上げながら、溜息を付いた。黒髪はライトブラウンに、瞳はライトグリーンへと変化していた。

(ダンス。本当は元世界で嗜んでいたから、踊れるんだよね。)

 ウーリュウ藩島という異世界では、魔力なしの巡礼者でしかないが、元世界では華僑の令嬢であるマイケルだ。社交でダンスぐらいは幼き頃から体に教え込まれている。

(でも踊る気になんて、ならないんだよね。)

 マイケルは自身の髪を目の前に寄せて、黒からライトブラウンに変色した毛先を確認すると、バルコニーからホールに戻ろうと、振り返った。

「、、ルーク、、、」

 マイケルの口から、思わずその偽りの名前が溢れる。
 マイケルが後ろを見た瞬間に、気安い相手の名前を呟いた理由。そこには夜の闇に紛れて、ルークこと、テュルク王弟将軍が立っていたのだ。

(藩島の主としてのルーク。)

 ギルドで見る冒険者ルークの姿とは全く違う、為政者の装束は、王弟将軍に相応しい式用軍服。いつも無造作に纏められているブラウンの長髪は、銀糸の如く夜風に靡いている。

(黒や白より魔力の多い銀の髪に、金色の目。これだ本当のルークなんだ。)

 靡く銀の髪を目の当たりにして、マイケルは一瞬言葉を詰まらせる。それは異世界に来て何度も体験した、越えようの無い力の差であり、疎外感。

 パパ・ドウシェラとの会談自体は無事に成功したが、マイケル自身はドウシェラが発した言葉が、未だに頭に響いて止まない己の心内を改めて感じた。
 
「王弟将軍にワーフ・エリベスより更なる栄光を。」

 その理由の大半は目の前の人物のせいだと、マイケルは認めたくないが、心の底では解っている。

「巡礼者故に、先駆けに挨拶を発する無礼をお許し下さいまし。」

 だからこそマイケルは、目の前の相手に、初めて貴族の挨拶となる言葉を投げた。相手がどうするかを見極めたかったのかもしれない。そして自分がどう感じるのかを。

 そんなマイケルの様子に、やはり狼狽える事もなくルークは徐ろに短く言葉を返してきた。

「マイケル、、ルークでかまわない。」

「、、、、ではお言葉に甘えまして、、ルーク様、、藩島の主様が、こんな処にいては宴の盛り上がりにかけるのではないでしょうか。」

 バルコニーには誰も来る事が無いが、王弟将軍の護衛が控えているのは間違い無い。マイケルは元世界で培った、『身の程を知る』礼儀をとる。

「マイケル、、」

「とはいえ、閣下も人が悪いです。一言、私に巡礼者らしく弁えろと嗜めてくだされば良かったものを。知らぬが故の不敬の数々、申し訳ございませんでした。」

 相手に言葉を挟ませないかに、立て続けに喋るマイケルの視線は、ルークを全く見ていない。臣下として頭を今も下げたままだ。

「あ、ドウシェラ様には話がつきました。次にツッチーナシュウ地区での儀式時には神殿より人を寄越してもらえるみたいでございます。」

「マイケル。」

「もしかしてルーク、様、ああ、閣下の口添えがあったのでしょうか。でしたらば誠にありがとうございました。」

 明らかに自分らしくないと、マイケル自身解っているが、どうしようもなかった。だからだろう、悲しげに眉間をしかめるルークは喘ぐような声で、マイケルに懇願した。

「マイケル、、出来れば冒険者ルークと話をするのと同じにしてくれないか。そして、頭を上げていい。こっちを見て構わないんだ。」

 言葉は柔らかなルークのまま。マイケルは下げたままの頭を上げた。

「、、そう?じゃあそうする。、。ルーク、でいくね。」

「ああ、ありがとう。」

 とはいえ正面から見るルークは、やはり王弟将軍の風貌を持ち、生まれながらの王族を示すかにオーラを放っていた。

「あのさ、」

「ん。」

「ごめんね。いろいろ。魔力もない巡礼者が、余計な施策に口を出して。生意気だったよね。」

 お互いに視線を真っすぐに交えると、マイケルはルークに改めて詫びる様に、頭を下げた。

「何故謝る?マイケルは藩島民でないが、ウーリュウ藩島の未来を考えている。こちらが頭を下げるべきだ。」

「、、やだなルークが頭下げたら、あたしの立つ瀬がないよ。部外者が、、王族の役目たる魔力について、、お節介だなって。普通に考えても思っちゃうもん。」

「いや、」

 一陣の風がマイケルとルークの間に吹いていく。

 マイケルの中では2つの気持ちがあった。もともとはヤオを助ける為に、魔力について調べ、偶然にも見つけた水龍の骨で魔力保存の方法。
 それを応用出来る様に、魔法陣の改革を考え、藩島の永続的なライフラインを整え様とした。

「ごめんなさい。先に謝っておくね。、、ただ、、これからする事は、」

 その道のりで何度も、魔力を持たない異世界者として、自分を卑下するヤオの両親と同じ輩に会いながら居場所を作る為、魔力なしの存在価値を示してきた2年だった。

 出会った冒険者ルークは、マイケルに魔力付加をしてくれはするが、魔力よりも己の手腕と力で魔物を刈る同士だと思っていた。

(裏切られという思いを持つのも、助けられていた身分で烏滸がましいのに、やっぱり惨めで、、)

 マイケルは、と恥ずかしく思ってしまった。
 何が?かといえば、じんわりと心内に芽吹いてきた恋心をマイケルは恥てしまったのだ。

「きっと王族の、、方々とか、ウーリュウ藩島で、、魔力を使う人達の未来を助けれるはずだから。」

 節目がちに視線を落として、マイケルは言葉を終えた。

「解っている。」
 
「そっか。なら良かったよ。それにしても変身魔道具で髪とか変えたのに、ルークは直ぐに解ったんだ。さすがだね。、、じゃあ、ホールに戻るよ。」

 どこまでも身なりを気にする言葉を吐く自分に嫌気が差したマイケルは、ルークから離れることにする。

「なあ、、マイケル。」

 けれどもルークはマイケルを言葉で引き止めた。

「何?」

 酷く居心地が悪い気持ちで、マイケルは返事をした。にも関わらず、ルークは何時もと変わらない言いようで、

「前に話たが、女官試験を受けないか?マイケルなら合格するだろう。マイケルみたいな人材をこのままにしておくのは勿体ない。」

 意外な話をマイケルに寄越した。いつかの日にもナジールの工房でルークがマイケルに提案した事だ。
 確かにマイケルは城に出入り出来る商人に成りたいと話てはいた。

「、、はは、買いかぶりすぎ。でも考えてみる。」

「そうか。」

 その理由はただ1つ。元世界に帰る門が藩島城の地下に隠されているから。

「あーー」

 確かに商人を今から目指すよりは、女官試験を受けた方が早いかも知れない。

「うん?」

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「あ、なんでもない。前向きに、検討します。」

夜のバルコニーでも尚、光る様ような銀髪を持つ王弟将軍に対して、それまで伸び始めていた自分の気持ちに蓋をしたのが、哀しいかなマイケルには解った。