マイケルは前方に現れた王族達の姿に視線を投げた途端、顔を強張らせた。

 前方には会場を見守るような巨大なワーフ・エリベスの彫刻がされた壇上が見える。

「、、もしかして、あれはルーク?」

 そのワーフ・エリベスの上に臙脂色の厚い幕が垂れ下がっていたのが、左右に開くと、一際シャンデリアに照らされた人物が見えた。

(なぜ?)

 確かにマイケルが知るルークは、濃い茶色に黒の瞳をしているはずで、目の前にいる王族の一人は銀髪に金の瞳をして、色が違う。それでも顔形や体付きに違いが無い。

 何也、ギルドで地下ラボでマイケルの後ろに居たのだ。記憶に新しいルークの姿形を間違る訳がないのだ。

 「マイケルしゃん?」 

 幼いヤオはピンと来てはいないようだが、マイケルには解る。

「やっぱりルークだよね。間違いない。」

 冒険者ルーク。

 マイケルが異世界に飛ばされ、海を統べるギルドに出入りし始めた時、魔力のないマイケルに、ギルドの長ラジが紹介をしてくれ、それ以来マイケルに何時も魔力付加をしてくれた人物。

 (どうりで、見目麗しい感じがしたんだよ。)

 日に焼けて顔に片頬に傷がついた顔や、肌の色こそ変装していたのだろうか。しかし程よく付いた均整の取れた筋肉とスタイル良い長身の身体のシルエットは、全くマイケルが知るルークのまま。

 「なんだ、、そういうことなんだ。」

 初めて出会って3年。

 考えてみれば冒険者の依頼を受けて海を統べるギルドに現れる以外は、ルークのプライベートは、マイケルには謎ではあったけれども、、

(やだなあ、解っていたつもりなのにな。)

 マイケル自身、巡礼者ベッドで寝起きをしてきた2年と同様に、ルークも冒険者用の宿で寝泊まりをする他国民ではないかと、都合良くマイケルは考えていたのだ。

(そう思っていたのに何だか、胸が痛いな。)

「王族だったのね。あの前にいるってことは。」

「どうした、マイケル?ああ、ウーリュウ藩島主の
テュルク王弟将軍だな。 」

 マイケルの呟きに、何の躊躇もなく言うルッカ向かって、マイケルはヒソヒソと声を殺してしルッカにもう一度聞く。

「ルッカ、あれってルークだよね? 」

 そんなマイケルの言葉にルッカはは片眉を上げるとやはり声を潜めて、

「なんだマイケル知らなかったのか?うちのギルドでは皆んな知ってるぞ。もっとも我等が将軍は自ら出てきて藩島中の様子を常に視察しているし、自ら魔獣討伐にも出るって島じゃ有名だがな。」

「知らないよ、そんな話。」

 どこかドヤ顔で説明するルッカに、マイケルは苦笑するしかない。本当に、自分だけが知らないのだ。

「もちろん! うちのギルドぐらいしか出入りしてないだろうな。何せギルドマスターは元英雄!そのつながりで、ルークはうちのギルドに顔を出しているみたいだぞ。もちろんラジや他の奴等だって大抵知っているが、マイケルはルークから聞いていなかったのか? 」

 此処にきてルッカもマイケルの様子に気が付いたのか、マイケルの表情を伺う素振りを見せる。

「聞いてない。」

 普段なら大らかな性格のマイケルは、驚きながらも笑顔でルッカの説明に納得しただろう。が、今のマイケルの顔は硬い。

「っていうことはヤオもか。 」

 そんなマイケルの短い台詞に、ルッカは仕舞ったというポーズをして、肩に乗せたヤオを見る。

「????」

 ヤオは、ルッカとマイケルの遣り取りに気が付いていない。一瞬ルッカの視線を受けて、マイケルを見てきたが、すぐに前の王族に興味深々と目を輝かせる。

「、、ヤオはわかってないと思う。」

「え、そうか大丈夫かな?大丈夫だよな、、 」

 そんなヤオの様子を確認したマイケルは、また短く言葉を紡いで、改めて皇族として前に立つルークを見た。

 ルークとしている時は長い茶髪を1つにまとめているが、今は長い銀髪をそのまま靡かせ、将軍正装なのだろう、いくつもの勲章をつけた王族服に身を包んでいる。

(どう見ても、今のルークは君主の気品に溢れていて、オーラは冒険者ルークとは比にならないにならないじゃない。 )
 
 そして隣にはルークに似た顔で、金髪に銀の瞳の男性が立っている。 ルッカが言うにはルークのの隣に立っている人物がカフカス王領国王帝だという相手と、ルークは並んでいるだけで王族だと感じる。

「要するにルークの兄貴だな。 」

「そうなのね。 」

 よく見れば、会場の周りには2階バルコニーが張り巡らされ、そこには下のホールと商人達や島民とは一線違う服装をした人々が見える。

「マイケルシャン!王さまがいるの?」

「そうみたいだよ。」

 (2階に貴族の参加人がいるんだ。)

「王様まだ!王さますごいね。マイケルしゃん!」

 ヤオが指差すルークの隣に立つカフカ王帝 はルークと違い、金色の髪を短く切りながらも同じく美しい顔をした王だった。
 ギルドエッグレーシアに集まる他国商人達に、挨拶を述べにウーリュウ藩島まで出向いて来たのだろう。

「テュルク王弟将軍とは、2つ違いの年、まだ2人共婚姻はしていない。早く前王帝が隠居をしたから、まだ王帝つっても年若いんだよな。」

 チラチラとマイケルを横目に、ルッカが再び説明をする。

 程無くして ルークこと王弟テュルク将軍がギルドエッグレーシアの会場に向かって声を上げる。

(魔力で拡声してるのかな。)

 ルッカの台詞にマイケルはどこか、意識を飛ばしていた。

『皆のもの今日は4ウーに一度のギルドエッグレーシアだ。 他国の者はカフカス王領国関所島であるウーリュウ藩島まで、良く来られた。我が藩島は、
カフカス王領国の護りの関所としての位置付けでありながら貿易島でもある。カフカス王領国、近隣諸国の大いなる発展の為、今日のギルドエッグレーシアが大成功に終わることを祈る。 また今日は私の兄であるカフカス王帝が皆の前に出向いた。ご挨拶を賜おう。 』

 銀の髪を靡かせルークが1歩下がると、隣の王帝を紹介する。護衛をつけたカフカス王帝が前に進み出た。

 『カフカスを万歳!!カフカス万歳!!』

 会場の至る所から歓声が上がる。 その様子からもマイケルにはカフカス王帝が国民や近隣国から人気を得ていのをひしひしと感じた。

『皆のもの今日はギルドエッグレーシアの開催、本当に嬉しく思う。革新的な品や新しき魔力人材、また技術など、研鑽をしてきた皆に多大なる謝辞を述べよう。よくここまで頑張られた。今日は思う存分、切磋琢磨した賜物を披露し、努力を昇華させるがよい。
 また、ギルドエックレーシアは我国と諸外国近隣国との友好の競演でもある。今宵は本会場にて宴を行おう!!今宵は商人も貴族と交流をし、是非とも参加されよう!!』

『ワーーー!!』

 王帝の言葉と共に大歓声が上がると、登壇のルークとカフカス王帝は護衛を引き連れ会場から去って行く。 勿論、壇上は遠く、マイケル達の姿などルークには見えないだろう。

 マイケルは一連の様子を見ながら、どこか苦い表情を見せる。
 それはマイケル自身が思っていなかった感情だった。  

「なんだろう?この気持ち? 」

 去りゆく後ろ姿のウーリュウ藩島の主。

(もちろん、異世界に来てお金はないし、他のみんなが持っている魔力さえもナイ。 住むところもなければ仕事もなかった。そんなアドバンテージゼロで、アウェイな状況で、やって来れたのは、、)

 その後ろを何人もの護衛が傅き、付いて行く。

(全部、島のギルドの皆んなとの出会い、家族同然になれたヤオとの出会いのお陰だけれど、、)

 そして登場した時と同じく、厚い臙脂色の幕が左右から真ん中へと垂れ下がった。

(ルークだって、其の中でかけがえのない一人だとは思っていた、、ううん、違う、、)

 まるで、外界とは違う世界との境目を表すかの幕に、マイケルは否応無しに感じた。

(ずっと私はルークに好意を持っていたんだ)、

 マイケルは幕を暫し見つめる。

 いつの間にか自分自身が、敢えて見ようとせずに、蓋をした感情に、今更ながら気がついてしまったと。

 それはとても苦くて重い感情にとって変わる。

「マイケルシャンどうしたの?」

 ルッカの肩の上からヤオがマイケルに声を掛ける。

「何でもないよ。 さあ、せっかくだからタヌーとナジールのところでへ行こうか。 ロッカも護衛お願いね。」

 どこかルッカも気まずけにしているのは、、

(なんだか、自分より皆んなの方が、いろいろ気が付いていたのんだね。)

 マイケル誤魔化す様に、ルッカにエスコートの手を差し出した。何時もはしない仕草だ。

「いいですよ。もちろん、お嬢様方達行きましょうか。」

「ルッカへんないいかたなの!」

「うるさいぞ!ヤオ、お前は今日はお貴族様の子供なんだぞ?」

「やー!」

 ヤオとルッカははしゃぎながらラジールとタヌーのところへ行くとマイケルの手を優しく取りながら歩く。歩きながら、マイケルは一人を思った。

(ああそうか。 元世界に戻るために頑張って、、だからだね、この痛みは、、 )

 マイケルは、ヤオとルッカに解らない様に、悲しげに溜息をつく。 そもそも今日マイケルを飾るドレスも、仮初めの物。どたい魔力なしの異邦人。

(お金もない、魔力もない。 元世界に戻る為に自由に恋することもできないって、どこかで感じていたからなんだ。)