~この日の夕方~

日中の暑さを避けて、キラリと翼は少し涼しくなった時間帯に動き出した。



キラリ「翼、勉強疲れたから神社に付き合って」

翼「おう、いいよ」

二人はいつもの神社に向かって歩いた。
翼とキラリは神様にお参りしてから御社殿の前に座った。

キラリ「ねぇ、翼……一つ聞いてもいい?」

翼「何だよ改まって」

キラリ「翼の中に気になる人が居るって話しなんだけど……もし私がその人だったら……今こうして他の女と一緒に居る時間とかも凄く嫌だと思うんだ……翼はそういうのは考えないの?」

翼「別に、気になるって言ってるだけで、そいつと付き合ってるワケでも無いんだし、それにただ一緒に居るってだけだろ?それがそんなにダメなことか?」

キラリ「でもさ、私と翼はけっこう距離近いよ……普通女の子ならそれだけでヤキモチ焼くと思うけどな……」

翼「お前さっきから何でそんなこと気にするんだよ!」

キラリ「いや……だって……同じ女の子として気持ちがわかるし……それに……翼は女心ってものがまるでわかって無いから……」

翼「そうか?こう見えてけっこう解ってるつもりなんだけどな……」

キラリ「絶対無い!!!」

そのとき翼が急に立ち上がって、そしてキラリの手を引いてキラリも立ち上がらせた。


キラリ「つ………翼……………?」

翼はいきなりキラリを抱きしめていた。

翼「女の子は……こういうことされると嬉しいだろ?」

キラリは硬直して身動きが取れない。

翼……どういうこと?どうしてこんなことするの?

翼はキラリの頭をそっと撫でてキラリの顔を自分の胸に押し付けた。

翼……………翼の心臓の音が聞こえる………凄く早く鳴ってる………

どうしよう………私の心臓も壊れそうなぐらい早く鳴ってる………

そして翼がキラリの顎に手を当てそっとキラリを上に向かせた。
キラリは紅潮して唇が震えている。
翼の顔は30センチと離れていない。
お互いが瞳を震わせながら見つめ合う形でしばらく止まっていた。

しかし、その瞬間翼はパッと離れて後ろを向いてしまった。

翼「キラリ……………勘違いするなよ……………俺は誰にでもこういうことするほど遊び人じゃねーぞ……………」

キラリは動揺して何も言えずに立ち尽くしている。

翼「キラリ………俺には今気になる女が居る。そいつは……素直じゃ無くて分かりやすいのに必死で自分の気持ち隠しているつもりで……不器用でウブで純粋で……もう俺の中でそいつはまとわりついついて鬱陶(うっとう)しいぐらいだ!
でも………俺はまだそいつに踏み込めないでいる………」

キラリは黙って聞いている。

翼「もし……踏み込んでしまったら……歯車が狂って今の距離感が壊れてしまうような気がしてるんだ……だから……今はまだこの距離感を保っていたい………そういう女なんだよ………」

キラリ「翼……………」

翼「キラリ……凛花……誘っとけよ?俺もバンドのメンバー誘うから……」

キラリ「はい……………」

夕日の逆行で翼の表情がよく見えなかったが、キラリは翼の表情に今までとは違う印象を受けていた。
それは、何とも言い表しにくいのだが、薫から発する優しさに似た温かさのように思えた。


~翌日~

凛花「キラリおはよう!」

キラリ「凛花おはよう……」

凛花「どうしたの?何か悩み事?」

凛花は、キラリがどこか元気が無いように思えて聞いた。

キラリ「昨日さぁ………」

キラリは翼とのやり取りを全て詳細に伝えた。

凛花「キラリ!それって………翼はキラリのこと凄く好きって言ってるようなもんじゃん!」

キラリ「やっぱりそう思う?」

凛花「そう思うも何も、それ以外にどういう捉え方があんのよ!」

キラリ「うーん……でも~……ハッキリ言われたわけじゃないから……」

凛花「だから翼はそれを言っちゃうと、今の関係がギクシャクしそうでって言ってるんでしょう?」

キラリ「でもさぁ………それがもし勘違いだったら私バカだよね………」

凛花「何とか翼の本音を聞き出したいんだね?」

キラリ「いや………聞くのが怖いっていうのもある………」

凛花「もう!キラリはいざって言うときになるとそうやってモジモジして!」

キラリ「だってぇ………」

凛花「わかった!私が然り気無く聞き出してあげる!」

キラリ「どうやって?」

凛花「うーん………翼と二人になれるシチュエーションを作らないとね………」

キラリ「あっ!そうだ!翼が海にキャンプに行くぞって。凛花も誘えって!翼はバンドのメンバー誘うって言ってた」

凛花「じゃあ、その時メンバーの人に探りを入れてみようか?」

キラリ「ねぇ、凛花………もし私の勘違いだったら私には何も言わないで………」

凛花「はいはい、もし答えが最悪だったら無かったことにしてあげる」


キラリは家に帰り、いつものように薫を探す。

キラリ「母ちゃんただいま~」

やはり薫はどこにも居ない。

キラリ「今日も母ちゃんはいなーい………」

独り言を言いながら翼の部屋の方へ向かった。翼の部屋のドアは開け放しており、覗いたが翼の姿も無い。

キラリは自分の部屋に戻ると、そこに翼が本棚に置いてあるキラリのお気に入りを立ち読みしていた。

翼「おう!キラリお帰り!」

昨日の出来事など何も無かったかのような顔で翼が微笑んでいた。