その日、キラリは学校から帰り翼の部屋のドアをノックする。

〝コンコン〟

返事がない。

キラリはそっと翼の部屋のドアノブを回した。ドアはスーッと開き、そのわずかな隙間から中を覗いた。
しかし中には翼の姿が見えない。

キラリはドアを閉めようとした瞬間、キラリが手をかけていたドアノブがグイッと引っ張られて、突然ドアの陰から翼が現れた。

キラリ「うわっ!ビックリした!!!」

翼は声を出して笑っている。

キラリ「ちょっと~…やめてよう…」

翼「驚いたか?心臓にアフロみたいな毛が生えてるようなキラリでも、こんなことで驚くんだな!」

キラリ「お前!背中に気を付けろよ!」

翼「ところで何か用事か?」

翼はキラリの肩に手をかけ、部屋の中へ引き入れた。

翼「まぁ、座れよ」

翼の部屋の中はいつも片付いている。育ちが良いのか几帳面な性格がうかがえる。

キラリは二人掛けのローソファーに腰を下ろした。そのあと翼が強引にキラリの隣に座る。

つ…翼…ちょ…ちょっと…近すぎだよ…

キラリは内心ドキドキするのを表面に出さないように装った。

翼「最近お前の態度がよそよそしいから心配してたんだ。その事で何か言いに来たのか?

例えば……俺と…

付き合ってくれとか……」

キラリ「はっ…はぁ!?お前……何勘違いしてんだよ!そ……そんなこと……言いに来たんじゃねぇよ!!」

翼「ふーん…じゃあ何?」

キラリ「ちょっと……デートの話をしに来ただけだ……」

翼「デート……じゃあやっぱり俺と……」

キラリ「だ……だから違うって!凛花が……男の子に告られたからデートに誘ってくれって言うから……」

翼「うーん……ちょっとお前の話は少しややこしいけど、多分こういうことかな?
凛花が男の子にデート誘われて、二人では気まずいからキラリも俺と一緒にデートに誘えと言われたと……こういうことかな?」

キラリ「……………お前の話の方がややこしいわ!何言ってるか全然わかんねーよ!」

翼「……………え?違うの?」

キラリ「つまりだな…凛花が二人じゃ気まずいから、凛花と男の子で、私と翼が………えーと………ダブルデートしようって頼んでくれって言われたんだよ……」

翼「……………ま、間違って無かったとは思うが、お前の言いたいことはよくわかった。だが………」

キラリ「だが?」

翼「断る!!!」

キラリ「はぁ!?」

翼「はぁ!?の意味がわかんねーよ……」

キラリ「こんなに可愛い女の子の誘いをよく断れるな!」

翼「わかったよ!断らねーよ……」

キラリ「じゃ……じゃあ最初から素直にそう言えよ……」

翼「だって……断ったらまたお前怒るだろ?」

キラリ「あのさぁ……」

翼はそう言いかけたキラリの口を手で塞いで、キラリの耳元でそっとささやいた。

翼「わかってるって……本当はお前がデートしたいんだろ?」

キラリはバッ!と立ち上がって

キラリ「いちいち人のことからかうのは止めろよな!その気も無いくせに変に気を持たせるようなこと言うなよ!」

キラリは部屋のドアをバンッ!と閉めて自分の部屋に戻って行った。

キラリはベッドにうつ伏せになり、拳を固めて震えている。

その時、キラリの部屋の開いた状態のドアを翼がノックした。

〝コンコン〟

翼「なぁキラリ……俺が悪かったよ…ゴメン……」

しばらく翼は部屋の前で立っていたが、ゆっくりとキラリの側へ行き、そしてベッドの前で屈んでキラリをじっと見つめる。

キラリはその気配を感じながらも無視している。

翼「キラリ?キラリ?なぁ?機嫌直してくれよ……ほんと俺が悪かったって……なぁキラリ?」

翼はキラリの肩を揺さぶり機嫌を取ろうと必死になっている。

キラリはうつ伏せのままギロリと翼を睨(にら)んだ。

キラリ「もういい加減にそういうの止めてくれよ!こっちはその度に心が苦しいんだよ!」

翼「苦しい?どうして?」

キラリ「翼は…頭は良いかも知れないけど……もう少し女心を勉強した方が良いんじゃねーの!」

翼「キラリ……

わかってるよ……

女心……

でもさ……

お前があんまりにも可愛いからつい……」

キラリ「え………」

翼はそれだけを言って部屋から出て行ってしまった。

翼?

その時キラリは、薫から言われた言葉を思い出した。

〝女は追うより追われる方が幸せなんだよ〟

母ちゃん………私……逆に翼に追わされてる!?……あいつの作戦にはめられてる!?
つーばーさー!!!

キラリは翼の心理作戦にはめられていることに気付き、更に憤りを覚えた。
しかし、ここでまたムキになれば翼の思うつぼだと考え直し、放っておくことにした。

しばらく待っても翼から何の反応もない。

翼……どこか行っちゃったのかな………

キラリはそーっと翼の部屋を覗くが全く居る気配がない。
そしてゆっくり静かに階段を降りてリビングを覗くが、ここにも誰も居る気配がない。
外に出掛けたような物音も聞こえなかったように思える。

おかしいな……トイレにしては長いし…風呂にも居る気配もない…いったい翼はどこに行ったのかな……

キラリは頭を傾げながら自分の部屋に戻った。すると、隣の翼の部屋から物音が聞こえてきた。

再びキラリがそーっと翼の部屋を覗こうとした瞬間…
不意にキラリの背後から声をかけられて飛び上がった。

翼「キラリ……」

キラリ「うわぁーーーーー!!!」

翼はそれを見て愉しそうに笑っている。

結局翼の方がキラリより一枚上手であった。