一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】

手首を掴む冷たい手は熱を帯びていって、唇が首筋を()うたびに背中は波を打つ。

自分の中が名前のわからない、得体の知れない様な、手に負えない様な、厄介な何かで侵食されていく。

自分がそれに全てを持っていかれそうになるのを耐えるように、爪先に力が入る。

でも何の役にも立たなくて、侵食のスピードは理性を超えた。


すべてが黒で囲まれた部屋の中、荒くなっていく自分の息が反響して、みっともなくて消えたくて。

クロエさんを止めようと思っても、声を出すより先に、聞いたことのない自分の息が漏れて邪魔をする。


クロエさんの息づかいで肌は湿度を含んで、鎖骨に沿って口づけをされるとグラデーションの髪からはシトラスと、少し煙草の混じった香りがした。

煙草の香りなんて好きなわけじゃない。

なのに、この香りをもっと感じたいと思った。


気が付くとクロエさんの指は、自分の指と指の間に強く絡まっていた。

自分より小柄なのに手は一回り大きくて、しっかりと包み込まれている手は、自分の手じゃないみたいだった。


こうしているうちに、透明だったクロエさんの形がちゃんと見えてきた気がした。

呼吸も熱も欲望も、今はすべてを受け止めている。

欲望なのか、痛みなのか、悲しみなのか、怒りなのか、苦しみなのか。

どれなのかはわからなかったけれど、今はどれだって良い。

この人がこれで、楽になれるのなら。