迎えた結婚式の日。

 オールディス公爵に手を引かれ、カトリーナは夫の元へ向かう。
 母譲りのドレスに身を包み、一歩一歩、踏みしめながら。

 結局招待客は大聖堂を埋め尽くす程の人が集まり、新郎新婦を祝福した。
 国王夫妻を始め、オールディス公爵、リーベルト侯爵夫妻、ディアドーレ侯爵夫妻など、高位貴族は勿論、騎士団の面々は平民騎士までもが参列し副団長夫妻を祝福した。

 ジークハルトは叔父であるオスヴァルトの膝に座っていた。オスヴァルトも騎士となり、今度初出征する事が決まっている。
 彼の隣にはヴァーレリーがいた。勿論夫と子ども達もその隣にいる。
 ランゲ伯爵家の使用人たちも涙を流して喜び合った。

 ヴィルヘルムだけは、国王夫妻の代理として執務を担っている為涙を飲んで欠席した。
 彼はこの後の披露パーティーにて、国王と入れ替わりで出席する予定だ。

 誓いの口付けを交わし、改めて愛を誓う二人は微笑み合った。
 数週間後には暫しの間離れ離れになる二人だが、不思議と不安は消えていた。

 参列者からの祝福は止まず二人に降り注ぐ。
 笑顔の者、涙する者、野次を飛ばす者、様々だったが、後に皆語るのはオールディス公爵の泣き顔だった。
 妻の絵姿を胸の前に掲げ、溢れる涙を拭いもせずに娘の晴れ姿を見つめていた。
 どちらかと言えば冷徹宰相で知られる彼の一面は、皆の涙も誘発した。……特に響いたのは親友でもある国王で、その夜は二人で飲み明かしたらしい。

 余談ではあるが、国王は翌日、二日酔いの頭痛と共にもう一人、式に出席しなかった息子を訪ねた。
 長のわだかまりを話し合い、息子に謝罪した。

「身体が動くうちは職務を全うして下さい。
 貴方の背中を見るのは好きでした」

 帰り際の息子の言葉に、国王が涙したそうだ。


 披露宴は招待客が大規模になりすぎて会場が無かった為王宮で行う事となった。
 その為伯爵家の使用人だけでは足りず、公爵家、はては王宮の使用人達も手伝いとして駆り出された。
 間もなく出征する英雄の結婚式だ。騎士団員ほぼ全員が列席していた為、さながら出征を労う会にもなっていた。

 それから。
 今回、カトリーナにとって思いがけない人物との出会いがあった。

「カトリーナ、君のお祖父様とお祖母様だよ」

 父に紹介されたのは、母方の祖父母だった。
 母が亡くなって以来疎遠になってしまっていたが、今回ドレスが母の物なので公爵が招待したのだ。

「大きくなったわね……。よく顔を見せてちょうだい。……あぁ、マリアンヌそっくりだわ。ドレスも、マリアンヌの……よく似合って……」

 祖母はぼろぼろ涙を溢しながらカトリーナを抱き締めた。
 これにはさすがのカトリーナも涙を堪えられず、化粧を気にしながらもぽろぽろとこぼしていた。

 皆が楽しく歌い、踊り、酔い。
 結婚式はつつがなく終了した。



「お疲れ様」

「ディートリヒ様もお疲れ様でした」

 夜、夫婦の寝室に入った二人は今日の結婚式を振り返っていた。

「思った以上に盛大でしたね」

「オールディス公爵の交際範囲が広すぎたな」

 一人娘と英雄の結婚式だ。一番張り切ったのはオールディス公爵だった。それに国王も便乗した為王族並の結婚式となってしまったのだ。

 それでも、自分たちの為にしてくれた事が嬉しく、挨拶回りに忙しい披露宴ではあったが心地良い疲労感に包まれていた。

「……あと少しですね」

「……ああ」

 隣国との情勢は、一進一退であった。騎士団の出征を聞きつけた隣国が警戒しているせいもあり、積極的に攻める事はまだ無いらしい。

「なるべく早く片付けてくる」

「し、心配はしませんけど!……あまり無理しないで下さいね」

「カトリーナも、ちゃんと食べるんだぞ」

「もう!子どもではありませんのよ?」

 ぷくっと膨れた妻の頬を突くと、その指に頬擦りされディートリヒはどきりとした。

「ずっと、お待ちしています。伯爵家の事は私にお任せ下さい」

 せめて笑顔で送り出そう。
 騎士団副団長の妻として。夫が心置きなく行けるように。

「留守を頼む」

 妻の言葉に夫も笑顔で応えた。



 隣国との戦は騎士団の活躍もあり早期決着がなされた。元々弱体化していた国の悪あがきであった。
 旗印にされた将軍の息子は迷惑だと言ってディートリヒと鍔迫り合ったあとすぐに和平を申し入れた。

「本当、戦争って下らないですよね。侵略して何になるんだか」

「……君は私を恨んでいるのではないか?」

「どうでしょう。人を恨み続けるのは、心が消耗するので好きではありませんね。
 ……父は根っからの武人でした。きっと戦場で死ねて本望でしょう」

「将軍に付けられた傷は今も残っている。当時は絶望したが、これのおかげで得られたものもある」

「あなたのその表情を見てれば分かりますよ。大切なものを手にしたんでしょう?生に対する執着を得た貴方はあの時より強くなっているのでしょう。守る者がいる男は強い。その者を強く思えば思う程。
 アホ陛下に進言します。貴方がいる限り戦いなど無意味だと」

 晴れやかな顔をした将軍の息子は剣を鞘に収めた。


 かくして戦はディートリヒの宣言通り早期に決着する事となり、被害も最小限に止まった。
 アーレンス王国側に戦死者が一人も出なかったのは奇跡である。
 隣国は賠償として、王の退任と賠償金を支払う事で合意した。
 このとき王が悪あがきをして揉めた為、騎士達の帰還が遅くなってしまった。
 最終的に将軍の息子が王の代理となり、和平が成立した。これから先隣国が攻めてくる事は二度と無いだろう。


 戦後処理をしたディートリヒは早馬で帰宅した。
 半年ぶりの帰還だった。


「カトリーナ、ジーク、ただいま戻ったよ」

 庭で息子と戯れていたカトリーナは、ディートリヒの姿を見るなり涙を流して帰還を喜び、息子と出迎えた。
 駆け寄ろうとするのを侍女二人が慌てて止め、ゆっくり近付き思い切り夫を抱き締めた。

「とたま、かえーり」

 ジークハルトが拙い言葉で父を出迎えると、ディートリヒは息子を抱き上げた。


「ディートリヒ様、おかえりなさい」

「ただいま、カトリーナ……そのお腹は……」

 少し膨らんだお腹は、カトリーナが二人目を宿した事を示していた。

「あなたが帰って来たら、色々話したい事があったの」

「ああ、俺もだ。カトリーナ、会いたかった」

 もう一度抱き締め、口付ける。再び生きて会えた事を喜び、涙する。
 久しぶりに会った妻の涙を拭いながら、三人は屋敷に入って行ったのだった。