「……変だな。あいつが…兄がこの国に来たのは今回が初めてなはずなんだけど。いつ交流を?」
「それは、その……交流はないけど、噂を聞いていたから…」
「噂って? 帝国にはどんなふうに伝わってるの? 兄がああなのは俺の前だけであって、他の人の前だと普通だし…」
遠回しに“なぜあの姿の兄を知っているのか”と訊いてくるリアンに、クローディアは答えられなかった。
目が覚めたら時が戻っていて、巻き戻る前はフェルナンドに嫁いで死んだのだと言ったところで、そんなの悪い夢だと言われるに決まっている。
家族になら言えたかもしれないが、目の前にいるのは他ならぬフェルナンドの弟なのだ。自分の兄に殺されたという悪夢を聞いていい顔はしないだろう。
だが、リアンはリアンだ。家族以外でクローディアのことをディアと呼ぶ唯一の人なうえ、真っ直ぐに目を見て思ったことを言ってくれる、真心を持った人間だ。
前を向くと決めた今の自分と、フェルナンドにつけられた傷が癒えない過去の自分の想いが、クローディアの心で陣取り合戦をしているかのように、じわじわと広がっている。
「…がっかりした?俺があんなやつの弟で」
リアンの声に、クローディアは突然水をかけられた小動物のように体を跳ねさせ、「違う」と否定した。
目を合わせようとしないクローディアに痺れを切らしたのか、リアンは痛む身体に鞭を打ってベッドから出ると、クローディアの両頬に手を添え、自分の方へと向かせた。
「じゃあなんで目を合わせられないの?」
否応なしにリアンと目が合う。深い青色の瞳は悲しげに揺れ、そこには泣き出しそうな自分の顔が映っていた。


