エレノスが客室を出ると、前方から「兄上」と声を上げるローレンスが駆け寄ってきた。待ち構えていたと言わんばかりの顔をしている。何かあったのだろうか。
「どうしたんだい? ローレンス」
珍しく息を荒げているローレンスの肩に手を置き、顔を覗き込む。らしくもないその姿にエレノスは驚いた。
皇族たるものは──などと年中言っているローレンスは、兄弟で一番作法に気を遣っている。…時折変わったことをしているが。
「僕としたことが、廊下を走るなどはしたない…いや、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ!」
「……うん? よく分からないけれど、そんなに焦ってどうしたんだい」
「兄上、落ち着いて聞いてくれたまえ」
「…君よりは落ち着いていると思うけどね」
常に落ち着いているけれど、とエレノスは苦笑を浮かべ、少し歩いた先にある空き部屋へとローレンスを連れて入った。
ドアが閉まると、ローレンスはエレノスの両肩を掴む。その勢いと形相にエレノスは思わず後退りしそうになった。
「オルヴィシアラの王太子殿下…フェルナンド殿下が、ヴァレリアン王子の見舞いをしたいと来られたのだ」
「ああ、そのことなら、私のところにも来たよ。しかしながら、ヴァレリアン殿下は…眠ってしまっていてね。別日に、と断ってくれるかい?」
「日を改めるよう伝えたんだが、その……泣き崩れてしまわれて」
「………うん?」
エレノスはぱちぱちと瞬きをした。
泣き崩れた? 王太子が、他国の城の中で?
俄には信じ難い話だが、ローレンスの焦った姿を見れば、それは本当の話なのだろう。だが、ヴァレリアンは家族と不仲だと聞いている。ほぼ顔を合わさないとも。
訝しげな顔をしているエレノスに、ローレンスは更に詰め寄った。
「信じられないのなら僕と来てくれたまえ!」
「分かった、分かったから落ち着いてくれるかい?」
「落ち着いてなんていられん!」
弟に会いたいと泣き崩れたらしい、隣国の王太子・フェルナンド。
かの者と未だ言葉を交わしたことがないエレノスは、会いたくない様子だったヴァレリアンのことを想い、興奮気味のローレンスを諌めようとしたが、それは叶うことなくローレンスに引き摺られるようにして応接間へと戻るのだった。


