自国で厄介者として、時にはいないものとして扱われてきたリアンには、一人の人間として自分を見てくれ、話してくれる人は誰もいなかった。
だが、今は違う。目の前にいるエレノスはクローディアと同様に、真っ直ぐにリアンの瞳を見つめてくれていた。不思議な気分だ。
「……俺なんか…いや、私は…」
思わず素が出てしまい、リアンは言葉を詰まらせる。かぁっと頬の辺りが熱くなるのを感じて、リアンは顔を俯かせたが、その年相応の姿が可愛らしく見えたエレノスは優しい微笑を浮かべた。
『──ヴァレリアン王子殿下は、黒髪しかいない王族で、禁色を持って生まれたことから、王家の汚点、神の怒りの象徴などと言われ、酷い扱いを受けてきたそうです』
エレノスがラインハルトからヴァレリアンの話を聞いた時は、怒りのあまりに王国との交易をやめてしまおうかと思うほどだった。帝国で生を受けていたら、幸せに暮らせただろうに。
「……傷が癒えるまでゆっくりとお過ごしください。それと、殿下の兄上様が面会を希望されているのですが、どうなさいますか?」
ヴァレリアンの兄の名を出した途端に、金髪碧眼の王子の顔色が変わる。
「…許可が必要ですか? 兄が来たというのに」
「たとえ相手が兄であろうと両親であろうと、殿下は今病み上がりなうえ、帝国にとって恩人です。本人の許可なくお通しするわけには行きません」
ヴァレリアン王子の兄──フェルナンド王太子殿下からの面会希望を、エレノスは通さなかった。何故なら式典のために帝国に到着した時、二人が一緒にいなかったのを憶えているからだ。
「……なら、会いたくはありません。寝ているとでも言ってください」
リアンは消え入りそうな声でそう言うと、掛布を頭の上まですっぽり引き上げた。その姿に幼い頃のクローディアを重ねたエレノスは、布団の上からリアンの頭をそっと撫でた。
「分かりました。…では私はこれで失礼いたします。ゆっくりおやすみください」
最後の声は、クローディアの前だけで見せる優しい兄の時のものだった。誰からも愛されなかったリアンは、耳を打つ優しい声に泣き出してしまいたくなったが、布団の下で体を丸めて耐えた。


