「…私は、クローディア=オルシェ=アウストリア。皇帝の妹よ」
クローディアが名乗り終えると、リアンは絡めていた指先を解き、そのまま髪へと手を伸ばし一房掬い上げ、そっと口付けを落とした。一瞬の出来事だったが、クローディアの目には酷くゆっくりと映っていた。
「…黙っていたのはごめん。言い訳がましいんだけど、騙すとか、言いたくなかったからとか、そういうのじゃないんだ」
「…ええ、それは、私も同じ」
ならよかった、とリアンは悲しげな微笑みを飾る。
「だったら何なのかっていうと……それは、ヴァレリアンとしてじゃなかったからって言うのが近い気がする。上手く言えないんだけど、いつもの俺だった。ディアと街で会った時の俺は」
リアンがクローディアと会った時は、息苦しい世界から解放された場所だったのだ。王国とは違った文化で溢れている帝国の街並みを見て、ただただ美しいと感じていた。その時のリアンは、王子ではなくただの一人の人間だったのだ。
そう伝えたいが、上手く言葉にすることができない。
「本当は、ディアが帝国のお姫様ってことも気付いてた。白銀の髪に菫色の瞳をしている皇女のこと、知らない人はいないし。…だけど、ディアはディアだって名乗ったから、ああ、俺と同じなのかなって…」
自分と同じく、ありのままの自分と出会ったから、本当の名を名乗らなかったのではないだろうか。そんな願いにも似たことを考えてしまったのだ。
「…ねぇ、リアン」
弱々しい声で、クローディアはその名を呼ぶと、リアンの手を握った。今度は自分の番だとでも言うかのように。
その手の温かさに泣きそうになったリアンは一度だけ頷くと、光を宿した菫色の瞳を見つめた。


