エレノスはホールへと降り立つと、人混みを抜けてラインハルトの元へと向かった。帝国の外務卿として二十年以上働いている彼ならば、クローディアと踊っている相手が誰なのか知っているかもしれないと思ったからだ。
「お楽しみ中申し訳ありません、伯父上」
エレノスの来訪にラインハルトは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「エレノス閣下。如何なさいましたか?」
「ディアと…クローディアと踊っている青年の名が知りたいのです。彼は何者ですか?」
エレノスの目がリアンへと向けられる。
ラインハルトは侍従にグラスと皿を預け、リアンへと視線を移した。
「……あの方は…」
呟いた声に、エレノスが少し首を傾げる。
光のように眩い髪。サファイアのような瞳。陶器のような肌。囚われたようにリアンを見つめていたラインハルトは、ゆっくりと口を開いた。
「…あの方は、ヴァレリアン王子殿下ですね」
「王子でしたか。お国はどちらで?」
身元がしっかりしている人間であったことを知り、エレノスは胸を撫で下ろしたが、伯父の顔色があまりよくないことに気づいた。
人混みに寄ったのか、あるいはその王子の出身国が先の戦争で帝国に臣従した国なのか。
どちらなのか聞こうと口を開いたが、エレノスの声は喧騒に飲み込まれた。
突然悲鳴が響き渡ると同時に、視界の先にいたクローディアとリアンが倒れ、その足元には赤が飛び散った。
その信じられない光景に人々は唖然としていたが、クローディアに覆い被さるようにして倒れているリアンに、犯人と思われし男が剣を振り上げたのを見て、エレノスは勢いよく地を蹴った。