爺、と呼ばれた男性の指にはアメジストの指輪が嵌っていた。それはローレンスらの祖父──二代前の皇帝の治世に、皇帝が最も信頼していた臣下の二人に贈ったものである。

一つは明晰な頭脳で皇帝を助けた宰相に、もう一つは戦で幾度も国の窮地を救った名軍師に。

後者はもうこの世を去ってしまっているが、前宰相であった目の前のご老人は、十年ほど前に職を辞してからはのんびりと暮らしているのだとか。

「ほっほっほ。最後にお会いした時は、まだ皇女殿下はお小さかったのぅ」

これくらい、と右手の親指と人差し指で円を作る老人を見て、ローレンスは「それではヒヨコではないか」と戯けたように返す。

そうでしたかなと惚ける男性の眼差しは、孫を見守る祖父のような温かさを持っていた。

「ディアよ、こちらは先代の宰相だったロバート殿だ」

──エーデン=フォン=ロバート。
その名は帝国で生まれ育った者なら誰もが知っている、名君の宰相として激動の時代を駆け抜けた男の名だ。

「ご機嫌よう、ロバート殿。クローディアでございます」

クローディアは深々とお辞儀をした。形式上では皇女であるクローディアが頭を下げる必要はないが、彼らがいたからこそ帝国は今平和な暮らしができていると言っても過言ではない。

「皇女殿下…暫く見ない間に美しく成長なされましたな」

深い翠色の瞳が柔らかに細められる。泣きそうな微笑みを見て、クローディアはハッと彼のことを思い出した。