「リアンの瞳、とても綺麗ね。湖のようだわ」

青色から空でも海でもなく、湖を連想したことにリアンは少し驚いたが、クローディアがお忍びで街に降りている貴族の娘であることから納得した。

「…そっか、帝都は海が遠いのか」

「ええ、ここから海へは何日もかかるし、私は身体が弱くてあまり外に出られなかったから」

クローディアは顔を曇らせた。海が美しい国に嫁いだのに、一度も見ることなく終わってしまったことを思い出したからだ。


「……海は美しいけど、あの国は居心地のいい場所ではないよ」

「あの国?」

聞かれてもいないことを話してしまったリアンはなんでもない、と誤魔化した。

何のことかとクローディアは問おうとしたが、自分を探し回るアンナの姿が見えると、リアンが言いかけていたことの続きは忘れた。

「──ほら、行きなよ。付き人さんの顔涙でくしゃくしゃだから」 

トン、とリアンに背中を押され、その勢いのままにクローディアは駆け出した。だが途中で振り返り、自分を助けてくれた美しい少年へと丁寧にお辞儀をする。

「助けてくれてありがとう、リアン。また会いましょうね」

皇女である自分が城下を歩くことはもうないだろう。だがまたいつかこうしてお忍びで出掛ける機会があったら、またリアンと会えたら嬉しい。

「お嬢様ーっ!! うわああん!」

「ごめんなさいアンナ。勝手に散歩をしていたら迷子になってしまったの」

もう二度と離れるものかと泣き叫ぶアンナと、それを宥めるクローディアの背を見送ったリアンは、フードを深く被り直すと踵を返した。


その隠れていた首元には、純白の丸い小さな宝石が一つ嵌め込まれているチョーカーが静かに揺れていた。