「現実見たんでしょ? 自分の足で歩いて、その目で見て、声を聞いて。…そうしてあの子らのために何かしたいって思えたなら、今日はそれだけで充分」

「っ……」

「ほら、行くよ。今頃付き人さんが探し回ってるんじゃない? 早く戻ってあげないと」

言うだけ言って行こうとする少年のマントをクローディアは掴んだ。振り返った少年は目を丸くさせると、自身の服を掴むクローディアの顔と手を交互に見る。

「……なに?」

「名前を、」

「名前? 誰の?」

クローディアは少年に名前を尋ねようとしていたのだが、いつもの癖でつい言葉を止めてしまった。家族以外の男性とこんなに近くで見つめ合うのが初めてだということに気づき、思わず言葉を飲み込んでしまったのだ。


急に黙ったクローディアが何を言おうとしていたのかを感じ取ったのか、少年は緩々と口元を綻ばせた。

「リアン」

「……リアン?」

「そう。俺の名前」

少年はリアンと名乗ると、出身は南の方の国であり、ここアウストリア帝国へは建国祭のために来たと告げた。帝国では滅多に見かけない金色の髪は、南の国では珍しくない色だとも言う。

最後にアンナと居た場所を目指してリアンと歩き出したクローディアは、自身はディアと名乗った。近しい人しか呼ばない名だが、クローディアと名乗るわけにはいかない。

理由は分からないが、真っ直ぐに自分のことを見てくれるリアンにはこの国の皇女だと知られたくなかったのだ。