どこか懐かしい声に名前を呼ばれた聞こえた気がした。けれどその声が誰のものなのか分からなかったクローディアは、嫌だ起きたくない、このままずっと眠っていたいと思った。

起きたらまた焼け付くような肺の痛みに襲われてしまう。手足は震え、視界はぼやけ、水を飲むことすら辛いあの日常に戻りたくなどない。

このままずっと、この心地よい夢の中で生きていたい。ここは不思議と痛みも苦しみも感じない、暖かい場所だから。


──さま。

誰かがクローディアの名を呼んでいる。“夜明けの花”という意味がある、祖母がつけてくれた名を。

誰が呼んでいるのだろう。必死にその名を呼ぶ存在を確かめるために、重い瞼をこじ開ければ。


「──ああ、よかったっ…!皇女様!」

目の前には泣いているアンナがいた。何故かアウストリア城の使用人の制服を着ている。

「……アンナ?」

アンナはにっこりと笑って返事をした。フェルナンドに切られたはずの髪は長く、傷だらけだった顔は綺麗だ。

もしや離宮に閉じ込められ、放置されていた王妃を見かねた誰かが助け出してくれたのだろうか?

「ここはどこなの?」

「皇女様のお部屋ですよ。熱を出されて、何日も寝込んでおられたのです」

クローディアは辺りを見回した。

見慣れた天井には豪奢なシャンデリアが、花柄の壁にはアウストリア帝国の国花──サイレントローズが描かれている絵が掛けられている。それら全てに見覚えのあるクローディアは、ゆっくりと身体を起こした。