「──アルメリア」

それは少年の名前だ。王妃クローディアが愛する花の名をつけられた少年はシェバスの後ろからひょっこりと顔を出すと、こんなに早く見つかるなんて、と無邪気に笑う。

「父上は駆けっこが速いですね」

「得意だからね。──さあ、クローディアのところまで競争しよう。俺に勝ったら、勉強を抜け出したことは黙っててあげる」

「本当ですかっ!?」

「その代わり、先生にはちゃんと謝るんだよ。時間は無限じゃないんだから」

少年は父親が迎えにきたことが嬉しかったのか、元気よく頷くと再び駆け出した。

「いつも悪いね、シェバス」

「良いのですよ。国王陛下」

「その呼び方はやめてくれって言ってるのに」

シェバスは「ふぉふぉ」と笑うと、手入れ途中だった花壇の中から花を一輪手折り、少年の父親に差し出した。

「どうぞ、王妃様のお部屋に。今年も見事に咲きましたよ」

「ありがとう。きっと喜ぶよ」

「──父上ー!ハンデは嫌です!一緒に走ってください!」

競争をしようと言いながら、未だに動かずにいる父親に痺れを切らしたのか、少年が頬を膨らませて此方を見ている。

二人は苦笑すると、シェバスは一礼して仕事に戻り、国王──ヴァレリアンは花を手に駆け出した。


新王に跡継ぎが生まれたのは、即位してから一年後のことだ。

アルメリアと名付けられた王子は、白銀色の髪と海色の瞳を持つ父親似の子で、その翌年に生まれた子は母親に良く似た黄金色の髪の王女だった。

即位三年目に生まれた王子は、帝国の跡継ぎにと望まれ、ルヴェルグ一世の養子となった。