帝国一美しい城と謳われているヴィクトリア城は、ロバート領の最南端にある。

ロバート領はオルシェ領の北にあり、その西隣にはジェラール公爵領があった。ロバートとジェラールは代々帝国の北側の国境を共に防衛してきた間柄である。

背には険しい山々があり、オルシェと領を分かつ堺に巨大な湖があるその城には、皇帝の祖母であるティターニア太皇太后が移り住んでいた。

「──何ですって?」

寒々しい気候でも元気に咲く花を窓越しに愛でていたティターニアは、侍従からの報告に驚き、手からカップを滑り落とした。ガラスが粉々に砕け散る音が、大理石の床で音を立て響き渡る。

溢れた中身がドレスの裾を濡らしたが、ティターニアは気にも留めずにドレスの裾を持って部屋を飛び出し、長い階段を駆け降りた。
その先では報告通りの人物が佇んでいた。

「──お久しぶりですね、お祖母様」

「ローレンスっ…!? いやだわ、貴方、どうしてそんな格好で!」

ティターニアの元を訪れてきたのはローレンスだった。前触れもなく来たどころか、髪は乱れ服は汚れ、ボロボロの姿である。
人の三倍お洒落に拘っていた孫の驚くべき姿を見て、突然の訪問の理由を尋ねるどころではない。