死に戻り皇女は禁色の王子と夢をみる


オルシェ公爵家の本邸には、紫薇の指輪というものが飾られている。厳重な警備と強固なガラスケースによって守られているそれは、アドニス皇帝が自身の半身も同然だった側近──軍師ヴィクトルに贈ったものだ。

その指輪を二つ作らせたアドニスは、一つをヴィクトルに、もう一つを先代宰相のロバートに贈った。それは帝国で生まれ育った者なら誰もが知っていることだ。


「──どう思いますか? エーデン」

応接間から私室に移動したセリエスは、先の宰相であったエーデン・フォン・ロバート伯爵と話していた。三代の皇帝の宰相を務めたエーデンは、アドニス皇帝の御世でオルシェ兄弟と呼ばれていたセリエスとヴィクトルと共に戦地を駆けてきた盟友だ。

「この場にヴィクトルが居たら、“人に聞く前に、まずはその頭を使って自分で考えたものを言え”と言うだろう」

「茶化さないでください。エーデン」

「ほっほっほっ」

エーデンは指先で髭を弄びながら、エメラルドの瞳を細める。

「本来ならば皇位を継承していた方だ。何か思うところがあって、動かれたのだろうよ」

「理由があったとしても、赦されることではない!」

ダン、と大きな音を立て、セリエスが机に手を突く。衝撃でティーカップが微かに浮いた。整った眉をはっきりと吊り上げ、灰色の瞳を爛々と怒りに染めている。 

──そう、赦されることではないのだ。どんな理由があろうと、皇帝に剣を向ける者は大罪人となるのだから。

「そう慌てるな、セリエス。オルヴィシアラにいるエレノスがこの国の玉座に辿り着くには、このオルシェ公爵領を通るしかない。我々には打つ手がある」

セリエスは一瞬目を大きく見開いたが、すぐに苦笑を浮かべた。

「……貴方には敵わないと、兄上が言っていたのを思い出します」

三人の皇帝に仕え、寵臣であったエーデン。彼は時には友として、時には師として、また時には父としてこの国の皇帝を支えてきた。そのような素晴らしい人物が、これから起ころうとしているものを、指を咥えて見ているはずがないのだ。