少年──マリスは困ったように眉尻を下げると、顔を俯かせながら口を開く。

「……お恥ずかしい話なのですが、ひと月ほど前に家出をしまして」

ローレンスはハハっと笑った。貴族の子が家出をするという話はよく聞くから、別に驚きはしない。

「帝都に向かっていた時に、賊らしき者たちに襲われて……それからの記憶がないので、逃げている途中で倒れたんだと思います」

「そうだったのか。大きな怪我がなくて何よりだ」

ローレンスはマリスの頭をわしゃわしゃと撫でた。無性にそうしたくなってしまったのだ。それはマリスがクローディアに似ているからだろうか。

大きな菫色の瞳がぱっと見開かれる。不思議な輝きを持っているそれは、どこかで見たことがあるような、そんな気がした。

ローレンスは立ち上がった。

「さて、君も目覚めたことだし、僕は仕事があるので失礼させてもらうよ。ここの宿主には言ってあるから、好きなだけゆっくりしていくといい」

「あの、ローレンス様っ…」

自分の名を呼ばれたことに驚いたローレンスは、マリスを振り返った。眉を跳ね上げると、探るように菫色の瞳を見つめる。

「……何故、僕の名を?」

ローレンスはマリスに名を名乗っていない。だからローレンスが誰なのかなんて、知るはずもないのだ。他国の貴族であるなら尚更。

いくら名門シーピンク侯爵家の縁者とはいえ、他国の第三皇子の顔と名を憶えているものだろうか。と、ローレンスは考え込んだが、自分は他人から印象が強いとよく言われてきたので、もしやどこかで会ったことがあるのかもしれないとも考えた。