「………う…え…?」
乾いた声が呟いたのは、この少年と親しい人間の名だろうか。
ローレンスは誰かと間違われたようだが、少年が意識を取り戻したことがただ嬉しく、にっこりと笑って頷いた。
「よかった、目が覚めたのだね」
少年はしばらくの間ぼんやりとローレンスを見ていた。だが、段々と状況が飲み込めてきたのか、突然弾かれたように上半身を起こすと、辺りをキョロキョロと見回した。
「……あの、ここは…」
「君は道端で倒れていたのだよ。熱があったようだから、ここに運ばせてもらった。僕は通りすがりの者さ」
通りすがりの皇子さ、とローレンスは心の中で付け加える。当然聞こえるはずもない心の声だが、少年が嬉しそうに微笑んだのを見て、くすぐったいような気持ちになった。
「助けていただき、ありがとうございました」
「礼などいらないのだよ。人として当然のことをしたまでだ」
エッヘン、とローレンスは変な咳払いをすると、今一度少年のことを上から下まで眺めた。
柔らかそうな白銀色の髪に、大きな菫色の瞳。雪のように白い肌は人形のように美しく、肩や腕に触れなければ少女と間違えられても無理もない容姿だ。
あの堅物公爵のラインハルトに隠し子がいたのか、なんて想像をしてしまうほどに、少年はオルシェ家のような見た目をしていた。
「君の名前は? なぜあのような場所で倒れていたのか、訊いても構わないかね?」
「僕は……マリス。マリス・シーピンクと申します」
シーピンクという家の名にピンときたローレンスは、マリスと名乗った少年の容姿に納得がいった。
「マリス君か。シーピンク家の縁者だったのだね」
シーピンク家は帝国の北にある国、オーグリッド公国の貴族の名だ。公国の貴族階級以上の家の名には色が入っていて、有名な家門だとブルーレンスやレッドウィルなどがある。
シーピンク家は確か侯爵家で、その当主には夜会で何度か会ったことがあった。


