リアンは震える唇を開いた。

「ディアは、あの花の名を切なそうに呼んでいました」

クローディアがアルメリアの花に特別な感情を持っていることは、知っていた。好きなのかと尋ねたリアンに、クローディアは愛していると言っていたのだ。あの時の寂しそうな顔が、リアンは今も忘れられない。

エレノスはリアンから目を逸らし、背を向ける。リアンがその場から動かないから、エレノスは先に出て行こうとしているのだろう。

だが、その背中を引き留めるために、リアンはエレノスの目の前に回って逃げ道を塞ぐと、頭ひとつ分高いエレノスを見上げた。

「閣下はその理由をご存知ですよね?」

知っていて、あの時その名を出したのではないだろうか。エレノスらしからぬ行動を見て、疑問は確信へと変わった。

エレノスは表情を消すと、リアンと目を合わせた。

「……私が知り得たことを、ヴァレリアン殿下はご存知なのですか?」

知り得た、ということは、クローディアではない他人の口から聞いたのだろう。それを確かめるために、敢えて口にしたのだろうか。

「俺は知りません。俺には言えない、とディアに言われました」

「そうでしょうね。貴方だけには、言いたくないことでしょうから」

リアンは眉を顰めた。自分だけには言いたくないというのはどうも引っかかる。

「それは俺が、ディアの夫だからですか?」

「間違ってはいないと、お答えしておきます」

エレノスはそう言い放つと、今度こそ部屋を出て行った。

いつだって優しげな微笑みを浮かべていた人が、それを消して逃げるように去って行った。それほどまでに、あの花の名は──クローディアだけでなく、エレノスにとっても特別な意味を持っているのだろう。

その場にひとり残されたリアンは、蕾をつけたと嬉しそうに笑っていた時のクローディアの姿を思い返していた。

ただの、花。だけど、ただの花じゃない。クローディアの心を乱し、エレノスの顔色を変えたアルメリアという花は、もしかしたら人の名前でもあるのではないだろうか。

だとしたら、寂しそうにしていたのも、嬉しそうにしていたのも納得がいく。

(──アルメリア、か)

それが人の名前だとしたら、クローディアにとってどのような存在だったのだろうか。

ただひとつだけ──ひとつだけ分かったことがあったリアンは、ごくりと唾を飲み込むと、城へと戻るために早足で邸を出た。