「オルヴィシアラといえば、あの海域は良質な真珠が採れますね。魚が新鮮で美味しかった記憶があります」

生まれてから一度も国外に出たことのないクローディアは、オルヴィシアラという国がどんな場所か知らないだろう。そう思い立ったエレノスは、持ってきた史料をいくつか広げてクローディアに見せた。

大陸の最東にあるオルヴィシアラは、このアウストリア帝国に次いで広い国だ。面積は帝国の半分もないが、三方が海に囲まれており、漁業が盛んな国だった。

「美しい国だが、魚は我が国でも十分に採れる。真珠も必要ではない。…いつも通りに断ろうと思うのだが、ディアはどう思う?」

クローディアは意見を求められたことに驚いた。帝国の皇女であるクローディアは、これまで数えきれないくらいに縁談を申し込まれてきたが、一度もどうするか尋ねられたことはなかった。皇族の婚姻は皇帝の一存で決めることだ。当人の意志など関係ない。

「私はお受けしたいと思っております」

ルヴェルグは目を見張った。その隣にいるローレンスは口を開けたまま固まり、手から文書を落としてしまっていた。

「……ディア。本気で言っているのかい?」

エレノスは夢が覚めたような顔つきでクローディアを見た。てっきり嫁ぐ意志はないと言うのだと思っていた。

ついこの間まで、ずっと兄と一緒にいると泣いていた子供だったのに。


クローディアは悲しそうな顔をしているエレノスの手を取ると、自分の頬に寄せた。この温かい手にずっと守られてきたが、そろそろ兄離れをして独り立ちしなければならない。

「ディアよ、私はそなたの家族だが、この国の皇帝でもある。皇帝として、皇女を何の利益もない国に嫁がせるのは気が進まない。…なぜ受けようと思ったのか、聞かせてくれるか?」

クローディアはエレノスの手を離し、ルヴェルグに向き直った。