白を基調とした優美な屋敷に、黒い影が差し込む。煉瓦造りの小道を歩く人影は、今が見頃の花たちには歓迎されていないようで、その男──フェルナンドが通ると、不思議なことに風がぴたりと止んだ。


「──このような場所まで。わざわざありがとうございます」

何の報せもなく訪れたフェルナンドを、エレノスは笑顔で出迎えた。身体の不調で数日臥せっていたことを知って、急いで駆けつけてくれたのだそうだ。その証拠に、馬車いっぱいに滋養のある食べ物や薬が積まれていた。

あたたかい人だ、とエレノスは思いながら、フェルナンドを客間に案内した。


ここはアウストリア皇城から馬ですぐのところにある、エレノスの私邸だ。元々は生来病弱だった父のために祖父のアドニス皇帝が建てたもので、心が安らぐような自然と調和した造りの美しい邸である。

父から譲り受けて以来、ここに来たのは半月に一度くらいだが、エレノスはこの場所がとても好きだった。ここは若くして亡くなった父との想い出が濃い場所なのだ。


「──フェルナンド殿下。やはり私は信じられません」

二人は客間から庭園へ移動すると、使用人を全員下げてから話を始めた。初めは何の変哲もない世間話をしていたが、紅茶のカップが空になった頃、エレノスは神妙な面持ちで口を開いた。フェルナンドには訊きたいことが山ほどあるのだ。

「クローディアは幸せそうに笑っていました。ヴァレリアン殿下には良くしてくださっているとも言っていました」

そう言って、エレノスは両の手のひらをテーブルの下で握りしめた。