建国千年祭の日から半月が経った頃、アウストリア帝国に一つの文書が届いた。それは帝国の東側にある、隣国オルヴィシアラ王国からのもので、王太子フェルナンドが帝国のクローディア皇女に結婚を申し込む旨が記されていた。


「──突然呼んですまないな、ディア」

ルヴェルグに呼ばれ執務室を訪れたクローディアは、そこに兄たちが勢揃いしていることに驚いた。皇帝であるルヴェルグと二人きりで話すと思っていたのだ。

「いいえ。私にお話とは何でしょうか?」

執務室内に入ると、エレノスはクローディアを手招きしソファに座らせた。兄たちは皆今日の公務を終えたのか、ラフな格好をしていた。

「実は隣国のオルヴィシアラから縁談の申し込みがあったのだ。相手は王太子フェルナンドだ」

ルヴェルグはトン、と指先で机を弾いた。机に腰掛けるようにして話を聞いていたローレンスは、文書らしきものを手に取るなり眉を寄せていた。

「……却下しましょう、兄上。こんな紙切れで求婚する男など、ディアに相応しくない」

あからさまに嫌そうな表情をしているローレンスを見て、ルヴェルグは肩を揺らして笑った。

「ローレンスよ、国を跨ぐ皇族同士の婚姻は、このような正式な文書から始まるのだ」

「この紙切れにどれ程の価値があるのですか?」

隣国からの文書をただの紙切れだとローレンスは鼻で笑う。

エレノスは阿呆な弟を兄に代わり怒るべきか、笑って流すか悩んだが、クローディアの前だからやめた。クローディアの前では笑みを絶やさない優しい兄でありたい。ローレンスのことは後でひっそりと呼び出して叱ることにする。