「──支度はできたかい? ディア」

皇宮の南側に位置する皇女の住まいである宮を訪れたのは、皇弟(おうてい)・エレノス。現皇帝の腹違いの弟であるエレノスは、クローディア皇女とは同じ母親から生を受けた兄妹であった。

「ああ!エレノス閣下(かっか)、ようこそおいでくださいました!」

皇女の侍女・アンナが、勢いよく扉を開いてエレノスを出迎えた。その様子から皇女に何か起きたのではと思ったエレノスは、慌てて部屋と戻る侍女に続いて中に入る。

「どうしたんだい、アンナ。ディアは?」

「イヤリングが決まらないのです!皇女様がお美しすぎてっ…あああこんな美しい皇女様にお仕えできるなんて、私っ…」

はあ、とエレノスは肩を落とした。

「…アンナはいつもの発作か」

クローディア皇女をこの世の誰よりも崇拝していると言っても過言ではないアンナは、こうして時折このような発作を起こしては皆を困らせていた。

崇拝するのも無理はない。アンナは昔、まだ皇女が小さかった頃、寂れた村で凍死しそうになっていたところを偶然通りかかった皇女に救われ、そのままこの皇宮へと連れられ、皇女の侍女となった。

その出自ゆえ言葉遣いや礼儀作法はまだ未熟者だが、皇女への想いや仕事ぶりはエレノスや他の使用人達だけでなく、もう一人の兄である皇帝の耳にまで届くほどであり、信頼して任せることができる人物なのだ。